2021
どうぞ、独占してくれて構わない
 最近の彼は随分と大きくなったなと思う。それは背丈の話ではなく、顔付き、雰囲気、精神的成長、芸能人としてそれが板に付いてきたところ、そういう様々な要因を全部含めて、随分と大きくなったなと思った。端的に言えば大人になったのだ。最近、彼に対してそう思う事が増えた。
 改まって写真を撮られたやつを私に見られるのは落ち着かない、と照れくさそうにそう言っていたのはもう五年も前のことになるのか。今ではすっかりとカメラの前で自然と格好を付けられるようになっている。隣で栗鼠のように頬袋を膨らませながらドーナツをもきゅもきゅと食べている彼とは同一人物のようには思えない。なるほど、これがギャップというものなのか。
 しかし。……なんと言うか、そわそわ、する。
 私が知っている彼はあまりこういう表情をしないから、別人を見ているような感じがするのだ。普段はだって、そう、こういう──。
 こてん、と首を傾げて彼はふにゃりと笑った。
「そんなに見つめられちゃうと、さすがの俺も恥ずかしいんだけど……。なに、どうしたの?」
 慌てて「な、なんでもない!」と首を振って目を逸らす。ぼうとしてしまっていたけれど、多分、きっと、彼の顔を惚けるように見てしまったに違いない。高校時代、神楽坂くんとモリくんが恰好良いという話で度々盛り上がったが、大原くんだって格好良いし……と内心頬を膨らませていた頃を思い出した。大原くんは格好良い……、かっ、かっこいい……。
 去年開催したツキプロの夏フェアのビジュアル公開以来、彼の見慣れない方の表情が公開される度にSNSでは『最近どうした空くん!?』、『おそらがかっこいい!?』と言われ始めた。最初こそはようやく世界が彼の格好良さに気付き始めたかと我が物顔で頷いていたが、ここんとこは彼がそう言われると、それはそれで何故か落ち着かなくなってきたのだ。確かに普段の大原くんは女子も顔負けの可愛い仕草や態度を取ることがあるけれど、恰好良い時だってあるし……。だからと言って、以前行われたSNS上のアンケートで圧倒的に可愛いと言われたのもなんだか納得できないというか……。
「あはは、今度は難しそうな顔しちゃって、もう本当にどうしたの? あ、もしかして構ってほしくて拗ねてる?」
 彼はそう言うなり、私に軽く擦り寄って来た。とん、と触れた肩が、こちらに傾げる頭が、さらさらと触れる髪の毛が私の心を浮き立たせる。かあああ、とものすごい勢いで熱が溢れ出した。
「ち、違う! 別にそんなこと言ってない!」
「えー、あんなに情熱的な目線くれたのに?」
「じょう……っ!? 違う違う違う! そんな目で見てない!」
「そんなに否定されるとそれはそれでちょっとショックだけど!? じゃあ何考えてたんだよ?」
 しどろもどろになりながらも何とか言い訳を繰り返すが、彼は床に手を付き、さらに距離を詰めた。ちらりと横を見れば、ほんのりと頬を赤く染め、唇を尖らせて僅かに上目で私を見ている。なんだそのかわいい仕草。
 暫く視線が宙を泳いだが、それも長くは続かずに墜落していく。完全に顔を背けた私へ不満げに彼が私の名前を呼んだ。いや、だって、そんな。自分だってよく分かっていない感情をどう説明しろと言うのだ。題材も相まって余計気恥ずかしさが絶えない。
 髪をどけられたかと思った、その刹那、首筋に酷く柔らかな熱を感じ、そこから、ちゅう、と音が鳴った。
 突然のことに驚いてびくりと身体を震わす。
「……何考えてたの? 俺の以外の……こと、とか?」
 後になる程弱々しくなるそれに違うと必死に首を振る。耳が熱い。
「お、大原くんが可愛いって話……、」
「えっ。」
 素っ頓狂な声が返って来た。そして若干のショックも混ざったような声音。
「──を、聞くたびに、お、大原くんは、かっこいいのに、って思うけど……、いざ言われたら言われたでなんか、ちょっと、複雑……というか、……。」
 自分も言いながらぐるぐると考えがごちゃごちゃになってしまって、私は何を言ってるんだと即座に反省タイムへと入った。茹だるような熱で頭の中がじんじんと鈍く響く。恥ずかしい。顔を覆った手が火傷しそうだ。
 ……ねぇ、黎。
 そう言って彼はどっぷりと甘い声でもう一度私の名を口にする。勘弁してくれと思った。僅かに手をずらして彼を見上げると、目を細めて大きく頬を緩ませていた。私と同じように耳まで真っ赤なのに、潤んだ瞳は可愛くて、表情はどこまでも格好良くて、それでいて少し、色っぽい。
「勘弁してくれ……。」思わず口にも出た。
「だって黎がすっごい可愛いこと言ってくれるから!」
「か、かわいくない……。」
「かわいいよ! もう!」
 少し乱雑に飛びつかれてぎゅうと抱き締められる。可愛い可愛いと耳元で連呼されて、込み上げる羞恥心を振り落とすようにふるふると頭を振った。
 ふと、彼の親指が唇に触れる。乾いていたが、ドーナツの砂糖がまだ指先に残っているのか、少しだけ甘い。
 合図だ。
 きゅっと口を結び、今一度彼を見上げると、ぱちり、見つめ返される。あ、見たことある。去年の誕生日に上げていた単独写真の顔だ。でもあれよりずっともっと、こう、
「大丈夫、こんなのは君にだけだよ。」
 ──艶めかしくて。
 目を見開いた私と言葉を丸め込むように彼は口を塞いだ。

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