2013
マリアよ、私を殺せ
 歌はひとつの音色としても音楽に混ざり合い、そこに言葉が持つ意味も含まれ、地の文として様々な楽器がリズムを、感情を伝える。聞き手の先入観、価値観、そして何を主人公とするかでその解釈は多様に変わる。その曲で何を感じ、どう受け止めるかは世界でただ一つ、聞き手だけのものだ。言葉にするまではその情緒を共有することも出来ず、故に面白く、儚い。それが音楽。それが芸術。それが、彼が紡ぐ言葉なのだと思い知らされる。
 得も言えぬ情が内側から湧き上がった。はぁ、と零れた溜息は熱っぽい。今、私は彼の歌に陶酔している。
 ふと、彼が私を呼ぶ声がした。
 隣に視線を移しても、顔を赤らめて照れくさそうに笑う彼は居ない。この部屋には私しか居ないのだから、そんなのは当たり前だ。居たら、それはただの幻覚で、妄想だ。あの人は今頃明日提出の宿題で悲鳴を上げているか……いや、そんなものは忘れてゲームでもしているんだろうな。
 本人の口から、音楽には懲りた、と言われてから早数ヶ月が過ぎる。私は未だに彼の音楽を手放せずに居た。顔は知らぬが名前と住まいだけは知っていた頃、この思いの行き場はそのまま火葬炉へと持っていかれるんだろうと思っていた。それが今では同じ教室で共に勉学に励むクラスメイトの1人にあの大原空が居るんだから、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。仕組まれた運命とすら錯覚するほどに現実が信じ難い。視線や言葉を交わすことなく死ぬんだろうと思っていた私を彼は認識し、会話し、そして名前を呼んだ。私が群衆から個人になった瞬間だ。その時の動揺は今でも言い表せない。
 想像通り、あの人は綺麗な声で話した。そして思っていた以上に明るく、陽気な人だった。けれど、
 ──甘えでも ワガママでもいい 君らしくあるように
 そう謳った優しさは確かにそこにあって、あぁ、間違いなく本人なのだと理解することに時間はかからなかった。
 良い人だった。馬鹿な人だった。感情豊かな人だった。感受性も、豊かな人だった。正義感が強く、人を思いやれる程強く、年相応に、脆い人でもあった。
 先日の席替えでもう席は離れてしまったのに、未だ私に話しかけてくれる、優しい人。

 やさしいひと。

 彼と目が合うと胸の内側に熱が込み上げるのは何故だろう。彼が音楽の授業で歌っているのを聴いて沸き立つこれは何だろう。
 好き、とは、思う。けれどこれは彼の何が″Dきなんだろう。彼の人となりが好きなのか? 彼の歌が好きなのか?
 私は彼の何が好きなんだろう。
 もし、もしもあの曲があるから彼を好きになったのなら、それはもの凄く失礼なのではないだろうか。彼自身を曲を通してとしか見えていないなら、彼にも、彼の歌にも敬意が欠けているのではないか。そうでは無いと言い切るには私に思考力は無く、感情は混濁としている。
 私は彼の何が好きなんだろう。
 彼の歌を聴いて、彼の声と顔を思い出す。交わる事は無かったはずの視線を幻視し、呼ばれるはずが無かった私の名を口にする彼の声が耳の中を木霊する。これは甘い蜜のようで心を蝕む毒なのに、私は未だに彼の音楽を手放せずに居る。彼の体温にでも触れられたら、この感情は解けるのだろうか。
「……最低だな、私。」
 その感情で彼を汚すな、と責め立てる声がした。

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