2021
そんな風に言えるんだ
「は、はめ!」
 え? と声が零れる。実は完成品の味見はしてないんだよねと言った矢先の事だった。
 喋りづらそうに歪な形の手作りチョコを一粒咥えて大原くんは私を制する。それを詰めていた箱も私の伸ばした手の先から随分と遠くに持っていかれた。そこまでする? でも大原くんにあげたものだしまあいっか、と特に未練もなく手を引いた。また作ればいいし、食べ物なんて消費されてなんぼだ。そうまでして大原くんが食べてくれるのなら、もうなんでもいい。
 そう思って身を引いても大原くんの眉間の皺は取れないままこちらを見つめる。変わらずチョコレートは口で咥えたままだ。早く食べればいいのに。首を傾げる。すると彼は、くいっ、と何か言いたげに顎を動かした。それから少しだけ上目遣いするようにこちらを見つめる。それではまるで──……。
 …………。
 ここでもう少し察しの悪い女だったら良かったのか、上手く躱せる賢い女だったらいいのか、いつも分からなくなる。まるで、ここからチョコを取っていけとでも言うかのようなその目線は、いつも私からのキスを強請る目と同じだった。今夜はとびっきり言い訳が下手くそ。ばかじゃないの? そんなことよく思い付くな。すごく唾が溜まりそうだね。
 私が察したことを大原くんも分かったようで、途端に口角をゆるく上げた。それならもう一度、くいっ、と顎を動かして目を細める。あぁ、これはもう私が動かなければ離してくれないんだろう。ふつふつと恥ずかしさが湧き上がり、軽く睨む。唇を合わせる前のこの浮つく感覚が恐ろしいというのに。物理的ではない、けれど、たしかに何かに落ちていくような気がするこの瞬間。きゅっと口を結び、髪を耳にかけ、薄く目を開けたまま、そろり、顔をゆっくりと近付けた。……ど、どうすればいいのだろう。受け止めるような形になればいいのか。もしかしたら私にはそのサイズは少し大きいかもしれないんだけれど。いや、もう何も考えない方がいい。口を開けた。
 僅かに感じた吐息に、あつい、と感じた時、いつの間にかフリーになっていたらしい手で肩を引き寄せられて口を合わせられた。さくっ、と軽い音がして、どろり、と口の中にチョコレートが転がり込んできた。随分ととろけていたようで、反射で飲み込もうと小さく喉が鳴る。それでも尚溢れた分が一筋、口の端から零れ落ちる。もう十分口の中は甘いというのに彼は一向に離す気配がない。もういい、とその薄い肩を軽く押すと、後頭部を掴まれ隙間を埋められた。ちが、
 ぬるり、また何かが入ってくる。柔らかなところを撫で、動いて、ようやくそれが彼の臓器のひとつだと気付くには甘すぎた。喉の奥から押し殺せなかった声が溢れ、漏れる。やわく、じゅっ、じゅう、と淫らな音を立てて吸われ、甘さの根源がある限りはまたふつりと湧く。合間になんとか息継ぎしながらただ一方的に解かされていった。
そして何かを探るように強く唇を押し付けられ、やわやわと動く。意識が混濁とし始める中でもしやと少し彼を強く押した。ぎしりとスプリングを鳴らしながら身を乗り出し、もう小さくなった塊を押し返す。予想外だったようで、そのまま、こくん、と飲み込んでしまったらしい。「あ、」と彼からいかにも残念そうな声が零れた。耳にかけた髪が、さらりと彼の方に落ちる。
「……ヘタクソ。」
 それはキスを強請る言い訳に対する文句だった。
 毎度毎度何かにこじつけて私から強請ろうとしていたが、今回ばかりは先に文句が出る。
 顎に垂れた分を親指の腹で拭き取ってそのまま舐めると、何故か大原くんが拳を握って顔を隠した。なんだ、その女の子みたいなポーズ。
「黎。」
「は?」思わずドスのきいた声が出る。
「…………今のもう一回言って。めっちゃ興奮した。」
「へっ、え? えっ、バカじゃないの!? 言わないですけど!?」
「なんかすごい、今までに無いシチュエーションでドキドキした。え、そんな事言うんだ……。」
「誰が解説しろって言ったよ! もう二度とその手には乗らないから!」
 彼の肩を掴み、ぐっと押し返すが、先に腰に手を回されてそれ以上離れることに失敗してしまった。
「一回! 泣きの一回!」
「どんな泣きの一回だよ! そんなマゾの気質なんかあったっけ!?」
「わかんない……。」
「そんなマジの顔で新しい扉を開きかけんな!」
「一回だけでいいから!」
 めんどくせえ! 心底めんどくせえ!! 文句をもう一度言ってほしいってこんなに懇願する奴が居て堪るかよ。捨てられた子犬のような目でこっちを見ないでほしい。
「…………へ、ヘタクソ……。」
 これで満足かよ。なんで私の方が息を詰まらせなきゃいけないんだろう。半ば投げやりに言った言葉はどうやらお気に召さなかったようで、
「なんかさっきと違う……。テイクツー。」
 と神妙な顔で駄目出ししてきた。
「何が『テイクツー』じゃ、阿呆!」
 頬をそれぞれ引っ張ってやると「わ〜〜!!」と一切の愉快さも隠さずに悲鳴らしきものを上げた。このよく伸びる頬だこと。何をしたらこんな肌が綺麗なのか。
「あ、ねえ。チョコ美味しかったでしょ?」
 ふと、彼はそう言った。
「………………あまかった、ぐらいしかわかんなかった。」
「え? じゃあもう一回食べる? 俺はいいよ。」
「やんないっての!」
 ご丁寧に首まで傾げて可愛い子ぶる大原くんに盛大なデコピンをお見舞いしてやる。バチンッとこちらの指先まで痛くなるような音が響いたが、肩口に額を押し付けられても許容するだけ心が広いと思え。
 なにが『いいよ』だ。残り全部をあれで食う気か?
 今しばらくは文句が続きそうだった。

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