はんぶんこ
 風紀財団アジトからボンゴレアジト並盛支部に行くのは地上に出なくても容易いのが良い。風紀財団関係者でボンゴレアジトに足を踏み入れるのは誰一人として居ないので、ここを通る人間はつまり私のみに限られる。十代目大空とその守護者達も財団側に足を踏み入れるのは極力避けている。誰も雲雀恭弥の機嫌を損ねたくないからだ。
 そして、たった今私がその通路を使ってボンゴレから財団側に戻ると、面白いことに不機嫌な事を一切隠す気がない恭弥が目の前に立っていた。全く面白くないが。
「探したよ。」
「……この通路を使う時は両方の監視センサーが作動する筈だろう。君がそれを知らないとは思えないが。」
「そうだね。言い方を変えようか。僕を待たせるとはそれ相応の覚悟かな。」
 眉間の皺がいくつか増えたのを見て、わざとらしい程に大きなため息をついた。
「……約束をしていて、時間に間に合わなかったのなら謝罪する。だがそもそも今日は何も無いだろう。」
「うん、無いよ。」
「…………なら、連絡の一つでも入れればいいだろう。」
「…………。」
 相変わらず理不尽で困る。こうも不機嫌な理由も思いつかない。ただ虫の居所が悪いだけならまだいい。
「……? ……恭さん?」
返事を返さない恭弥に首を傾げる。はて、この表情はなんだ。ジッと私を見下ろすその顔に浮かぶは苛立ちと……あと悲嘆さも、含んでいるのか。付き合いも両手では足りなくなる程になってきたのに、たまに分かりやすい彼の表情が分からなくなる。
 ガリッと何処からか音がした。
「口を開けて。」
 脈略にない要求に何故? という疑問は口にしなかった。このまま不機嫌にさせると彼の部下が可哀想だと素直に従うと、するりと彼の手が頬に伸びた。
 え、と声が漏れたのと同時に顎を持ち上げられ、再び前を向けば彼の顔は目と鼻の先。口が塞がれた。拒む隙無く彼の熱を孕んだ舌が口内に入ってまさぐる。普段より多く感じる唾液は砂糖のように甘く、酸味も含んでいる。掃除の時と私以外にこの通路を通る者がいないとわかっての行動か。それでもここは通路の真ん中で、いつ誰が通りかかるか分からない。私事は隠さなければならない身分上、知られているとはいえ、見られるのとは訳が違う。焦燥か、それとも言い訳無しに単なる羞恥かによる何かの熱が内側から込み上げ、こくりと喉がなる。そうしてようやく、何か小さく硬い物を擦り付けられて、恭弥は唇から離れた。
 文句を言う前に残された異物の方に気を取られて舌で確かめる。彼の唾液よりも甘く、片面は丸いのに、もう片方はつるっと平ら。暫くして割れた飴なのだと気付いた。
 目線を上げれば、彼は数回噛み砕くような咀嚼をして飲み込んだ。
「僕には甘すぎたから、あとは君が食べといて。」
 舌の上で転がる飴は市販にあるレモン味とさほど変わらないように思うが。
「……もしかしてこの飴を押し付ける為に僕を待っていたのか?」
「違うけど。」
「君って…………、え? 違うのか?」
「僕をなんだと思ってるの? そこまで暇じゃないよ。」
「なら何故?」
「……理由無く顔を見に来てはいけないかい。」
 これには私も驚いて目を丸くした。顔ごと私から逸らすところも子供じみている。
「……恭さ、」
「それ以上何か言うなら噛むよ。」
「それは困る。」
 しかしあの雲雀恭弥がこんな事を言うとは、ボンゴレに聞かせたらさぞ面白い顔が返ってくるだろうに。今のところ二人の時にしか言わないのだ。彼の眉間に再び皺が寄ろうが、なんだか可愛らしく思えて頬が緩む。無言の威圧がどんどん増していく。
「ふふっ、はははは、……少し待て。ふふ、」
「………………。」
 彼の表情にしまった、と思う頃には遅く、今度は両耳を塞ぐように頭を抑えられる。後退りなんか出来る訳もないけれど、反射で背中を反ると覆い被さるように上から押し付けられる。
 そうか。会いたいと思ったのか。会いたいと、君が私に思ってくれたのか。
 なんだかそれは至極幸せなことのように思えて、へらへらと口の端から笑いが零れる。カチ、と飴が歯に当たった。
「甘すぎるんじゃなかったのか?」
「溶かせばいい。」
 恭弥は、ほんのり目を細めて、分かりやすく音を立てた。

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