DUEL of FORTUNE KAPF
-14
「次は不動遊星、ですね。」
 少しずつ頭の中の違和感が薄れていった頃、レクス・ゴドウィンがぼそりと呟いた。
《Everybody Listen! 次はお待ちかね! ライディング・デュエルだァ!》
 歓声が湧き立つ。けれど底知れぬその言い草に私の不安はより煽られるばかりだった。
《栄えあるフォーチュンカップに選ばれたのはDホイーラーはァ! 不動遊星ェ!!》
 聞き慣れたエンジン音が聞こえモニターに目を移せば煙の中から遊星号が飛び出した。開会式でボマーさんが良い演説してくれたのにも関わらずブーイングが起きる。チラッとジャックの様子を伺ってみたけどただ睨み付ける力が強まっただけだった。
《対するDホイーラーは! 蘇る死神、死羅ァ!》
 対戦相手も同じように登場しドリブルを効かせて遊星の隣に止まった。
《いよいよデュエルの時間だァ! フィールド魔法【スピード・ワールド】セェットオン!!》
《デュエルモード・オン。オートパイロット、スタンバイ。》
 その瞬間、空気が変わった。
《フィールドはスピードワールドによって支配された! これでスピード・スペル以外の魔法は発動出来ない!》
「……2人は、」
 言葉が、喉に引っかかって上手く言葉に出来ない。
《運命のスタートが現れ、カウントダウン!》
「……。」
 顔はこちらに向けなくても続きを聞こうとしているのが伝わりもう一度口を開く。
《いざライディング・デュエル、アクセラレーション!》
「──……どうして、そんなに強いの……?」
 ほぼ同時にけたたましいエンジン音が鳴り響き、遊星達はスタートを切った。そんなに大きい声で言ったわけじゃ無い今の言葉がかき消されたかもしれないことに安堵する自分がいた。部外者の私よりもきっと重圧が強いはずのジャックの前で私が折れて良いわけがなかった。
《これはなんというサプライズ! マントの中から現れたのは、打倒キングに命を賭ける炎のDホイーラー、炎城ムクロだァ!》
ちらりと目を向けるとジャックはディスプレイを見つめるだけで何も言わない。そもそも耳を傾けていた事も怪しかったかもしれない。膝に肘をついて顔を押さえる。
「長官、死羅は駄目ですね……。」
 イエーガーがレクスにそう言うのが聞こえた。
《お前の相手はこのオレ様だァ。オレが本物のライディング・デュエルを見せてやるぜェ。》
 相手の挑発に遊星は何も答えずただムクロを見つめる。
《どうした遊星ェ。お前もDホイーラーならこの炎城ムクロの挑戦、受けて見ろォ!!》
《……フッ。》
 彼の言葉にようやく遊星が表情を変えた。
《良いだろう、相手になってやる。》
 挑戦者の突然の変更にも関わらず承諾した遊星に司会者はハンカチで冷や汗を拭きながら《え、えっと……これは……いやはや……、どう……。》としどろもどろした。するとレクスが右手を横に振ると彼の目の前に司会者の顔が映し出された。
「良い座興になりそうですね。」
 そう言って頷いて見せると、司会者がパァと顔を明るくして大きく手を掲げた。
《審査員から許可が出たぞォ!! デュエルは続行だ!》
 そしてブザーが鳴り開始の合図を告げた。
 先攻を撮ったのはムクロ。早々にカードをドローし、手札から【バーニング・スカルテッド】を召喚した。
「……チビすけ。」
 呼ばれて顔を上げると腕組みをしたままジャックが目線だけをこちらに寄越していた。
「先程、この俺に『何故そんなに強いのか。』と聞いたな。」
 げ、聞こえてたのかよ。
「……聞いたけど。」
 そっぽ向いて返事をする。感じが悪い。聞こえてたなら何か反応してくれればいいのに。
「人の強さは一丸に言えるものでは無い。信条、といえばそれまでの話だが、その信条の形が人それぞれであるのと同じようにな。」
 聞き耳を立てながらぼんやりとデュエルを眺める。1ターン目に早々3枚伏せたムクロに対して遊星はスピード・ウォリアーで攻撃を仕掛けたものの、結果は相手のライフを1800ポイント削れたにも関わらず受けたダメージの500ポイントごとにスピード・カウンターを増やすというもので、本人曰く『スピード・アクセルデッキだァ!』らしい。たしかにスピード・スペルで無条件にモンスターを召喚したり直接攻撃したり出来るものがあるので中々に厄介なデッキといえるだろう。
「俺は全てを捨てる事で頂点を手に入れた。力が何よりの強い事の証明だと思っているからだ。圧倒的な力の前に人はひれ伏すのだ。故に孤高であるというのはキングの宿命。」
 全てを捨てることで力を得る。それは今、ムクロがアドバンス召喚したスカル・フレイムのように、数よりもより強い矛を選んだ事だ。
「だがお前はこの“孤高”という言葉の本当の意味を理解していないからそんな疑問が生まれるのだ。」
「……どういう事?」
 思わず聞き返してしまいもう一度見上げると「フンッ。」と鼻で笑われた。
「“孤高”。即ち他とかけ離れて高い境地に達している故、結果1人になる、という事。お前にも分かりやすく言えば俺の境地に誰1人付いてこられないから俺が1人のように見えるのだ。」
「……ちぇ、傲慢か。」
「違う。これが現実だ。事実、俺を破る者はこの2年間で誰1人現れていなかった。」
 違うか、と問われしぶしぶ頷く。たしかにあの小さな箱の中で高笑いするジャックは一度も負けを知らず、常に圧倒的な力で挑戦者を倒していった。けれど引っかかるのは今の言葉が“過去形”である事。
「──遊星。」
 今までの声音とは違う滾るような声で、今城外でライディング・デュエルをしている彼の名を呟いた。
「……二度と奴に負けはしない。孤高たるべきキングに負け等あってはならないのだ。」
 腕組みをしている手が強く自分の袖を掴んでそうジャックは言った。
「……いつ負けたの?」
 純粋な疑問に彼は怒るだろうかと思いつつ思い切って聞いてみると、ギロリと睨んだものの案外声を荒らげることなく深く息を吐いた。
「──あの日だ。」
「……あの日?」
「お前達がシティに現れたあの日、あの赤き竜が現れた、あの晩だ。」
 ジャックの言葉に目を見開く。
「そんなはずはない! だってあの時、2人とも腕の痣が光って、なんかすごく眩しい光が会場中に広がって、それで、収まったと思ったら会場の電気が消えて、あのデュエルは決着が付かなかったんじゃ……。」
 何故負けたと知っているの? あの時遊星はたしかに何かのトラップカードを発動していたかもしれないけど全部言い終える前に何かによって停電したはずじゃ……。
「あの時のデュエルを公安局は撮っていたのだ。」
「……え?」
 こ、公安局……!?
「なんで、セキュリティが……?」
 それはつまりあの後セキュリティが突入したきたタイミングは謀られて行われたという事? ……言われてみればたしかに私達があのパイプラインを突入する事はジャイ眉を倒せば通達されるはず。あの後はもう安堵で何も考えていなかったけれど、パイプラインの先でセキュリティが網羅していなかった事は異常だ。野放しにするより1つしか無い出口を塞げば逮捕率は跳ね上がる。いやほぼ100%と言っても過言じゃないだろう。そこまでセキュリティが無能なはずはないんだ。……デュエルの腕はさておき。
「俺が知るわけないだろう。」
 吐き捨てるように言われ視線は観戦するレクス・ゴドウィンに向けられた。
「奴は
 『街の異常を知るのは我々の勤めです。特に星の民に繋がる情報はとても重要な事なのですよ。』
 ……と言っていたがな。まるで俺をわざと野放しにしていたかのような言い草だ。」
 そして不機嫌に足を組み直し吐き捨てるように息をついた。
「……その時の映像で、奴が最後に使ったのは【メテオ・ストリーム】だと言うことが分かった。俺がその前に発動していたのはスピード・スペル【ジ・エンド・オブ・ストーム】だ。フィールド上の全てのモンスターを破壊し、そのモンスター1体につき300ポイントのダメージをプレイヤーに与える。それは俺がスターダストを取り戻す手段でもあった。スターダストはその身にダメージを受け効果によりリリースされた後、俺のフィールドに復活させたあと、遊星はメテオ・ストリームでリリースしたモンスターを復活したときに俺に1000ポイントのダメージを与えていた。その時の俺のライフは900。……俺はあの晩、奴に……負けていたのだ!」
「……。」
 自身の弱さに対して怒りが収まらないのか歯を食いしばり身体を振るわせた。
「もう二度と負けはしない。このデュエル・オブ・フォーチュンカップの決勝戦で奴を負かす!」
 まだこれを含めてあと3回勝たないと決勝戦に進めないというのに、まるですでに遊星が準決勝を勝ち抜いたようにジャックは言う。そうなると信じ、少しも疑っていない。遊星の強さを信頼しているからこそ、リベンジ出来る時に闘志を燃やすその様子は昔から変わらない負けず嫌いなのだと安心する。
《で、ででで出たァ! スピードカウント12! マックス・スピードだァ!》
 遊星のデュエル戦だというのにすっかり意識が逸れ、戦況を確認すると
  遊星……LP1900・7
  ムクロ……LP2200・12
 遊星の場には【スピード・ウォリアー】と守備表示の【ボルト・ヘッジホッグ】と伏せカードが2枚。
 対してムクロは先程アドバンス召喚した【スカル・フレイム】1体と永続トラップ【スピード・ブースター】。
《そうだ。スピードを制する者がライディング・デュエルを制す。このスピードこそがキングへの道。そう信じて俺は、修行を重ねてきたァ! このキングのスピードを、手に入れるために!》
 それがムクロの信じる“強さ”。
《ヒャッハー!! 一気にいくぜ! スピードスペル【アクセル・ドロー】発動! この効果で俺は2枚をドロー!》
 そしてムクロは勢いよく引いたカード2枚を見た瞬間ニヤリと口角を上げた。
《引ぃいたぜェ!! スピードスペル【ジ・エンド・オブ・ストーム】!!》
「なに!」
《【ジ・エンド・オブ・ストーム】!?》
「それは!」
 私達は高らかに掲げられたカードに驚愕を隠せなかった。
《これこそキングのカード! 俺様が教えてやるぜェ! ジ・エンド・オブ・ストームの使い方を! キングのバトルをなァ!
 【ジ・エンド・オブ・ストーム】発動!》
 あの時と同じようにこのカードは場にある全てのモンスターを破壊し、1体につき300ポイントのダメージをプレイヤーに与える!
 吹き荒れる風の中で2体のモンスターのいる遊星は計600ポイントのダメージが入り、残り1300ポイントとなってしまった。
《しかしムクロ、自らのモンスターも破壊してしまい、攻撃することは出来ない! どうするんだァ?》
《ケッ、計算済みだぜぇ。墓地に存在する【スカル・フレイム】1体をゲームから除外。これにより特殊召喚できるモンスターが居る。
 いざカモォン!! 【スピードキング・スカル・フレイム】!》
《なに!》
「攻撃力3000!?」
 現れたモンスターに会場は騒然。
《なんと! フィールドの全てのモンスターを破壊し、且つダメージを与え、しかもそれが高級モンスター召喚への伏線へとなっていたとはァ! なんと完璧なコンボ!! 恐るべしスピードアクセルデッキ!》
「すっごぉい……。」
 開いた口を隠すために手で隠しながら賞賛するとジャックは「フンッ。」と顔をしかめた。
「なんでよぉ。」
 素直に賞賛しないジャックに口を尖らせるとそのまま手で唇を掴まれた!
「ンンンッ!!」
 痛いッ!! なにすんのさ!
《これで決まりだぜェ。【スピードキング・スカル・フレイム】、遊星にダイレクトアタック!》
「ンンッ!」
 痛いけど気になる! というか手を離せデカブツ!!
《トラップ発動、【くず鉄のかかし】。》
《遊星、トラップでなんとか躱したぞォ!》
《ならば【スピード・ブースター】の効果。》
 ムクロのDホイールの後ろからなんと小型のミサイルが発射され遊星を攻撃! 良いのか!? あれソリットビジョンじゃなくて実害では!? 良いのか!? 良いのか!??
《【スピードキング・スカル・フレイム】のモンスター効果で墓地に存在する【バーニング・スカル・ヘッド】1体に付き、400ポイントのダメージを与える!》
「ンンーンンッンン!!」
 遊星のライフが!
《これで遊星のライフポイントは残りわずか400!》
「フッ。」
 その一撃でバトルフェイズを終了させたムクロ。そして最後に一度力を強めた後ようやく解放され「ッブハ!」と変な声が出てしまった。
「お前、もしかして遊星が負けるかもしれないって思って私に八つ当たりしただろ!!」
「さぁな。」
「こんッの……!!」
 両手で抗議するものの、まんまと両方捕まり「くぬぬぬっ……!!」と押し返すがジャックは依然として涼しい顔でビクともしない。クッソ腹立つ!!
 後ろで私が奮闘しているのをお構いなしにイエーガーは「ヒヒッ。」と笑い声を上げた。
「実に良い傾向ですね。」
 押し返しつつ耳を傾けるとそんな言葉が聞こえた。傾向ってなんだ。
「チビ、お前まさか衰えたか?」
「うるせぇぇぇ!!!!」
「煩いのは貴女ですよ、スバル・アトラス。」
「……ッ! ……ッ!!」



::::



《俺のターン!》
 ターンは遊星に切り替わりスピードカウンターが1つ上昇する。
《スピードスペル【シフト・ダウン】発動!》
《あぁっと、遊星自らスピードカウンターを減らしたぞォ!》
「え、どうして?」
 8から2にまで下げた遊星の戦略が読めずジャックに問う。
「……奴は可能性に賭けたのだ。」
「可能性?」
「そうだ。【シフト・ダウン】はスピードカウンターを6つ下げる代わりにデッキから2枚ドロー出来る。」
「そっか、カードを信じての一手。」
「……フンッ。」
 遊星が強いのはカードを信じているから。
 今までだってカードでどんな困難も切り抜けてきた。
 じゃあ私が持つ強さってなんだろう。
 もちろん私もデッキは信じている。でもそれはデュエリスト皆そうだ。ただ遊星はそれが強みだと言えるほど純粋に、真っ直ぐに信じている。私は、私はなんだろう。勝つためにデッキを組んでいる訳じゃないからジャックの言う“力”とは違うし、Dホイール乗れないからムクロみたいに“スピード”に全霊を懸けているわけでもない。
《【シフト・ダウン】の効果でカードを2枚ドロー! 【ニトロ・シンクロン】を召喚。
 そして墓地の【ボルト・ヘッジホッグ】はチューナーモンスターが居るとき、特殊召喚出来る!
 さらにトラップカード【ギブ&テイク】発動! これにより、墓地に存在するモンスター1体を相手フィールド上に守備表示で特殊召喚する!》
《なに……?》
「なんで?」
《この時、自分のフィールド上のモンスター1体は特殊召喚したモンスターのレベル分、レベルを上げる!
 【ボルト・ヘッジホッグ】に【ニトロ・シンクロン】をチューニング。集いし思いがここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ【ニトロ・ウォリアー】!》
 ニトロ・ウォリアーの攻撃力は2800。まだ200ポイント足りていない。
《無駄な事をォ! 【スピード・ブースター】がある限り、俺に攻撃することは出来ないぜェ! ヒャッハー!》
 Dホイールをより加速させながら走るムクロ。
「チビ、お前分からんのか。」
「は?」
 高圧的に上から言われ眉間のしわが深まる。私の名前はチビじゃねぇ……!
「ニトロ・ウォリアーが特殊召喚された時、デッキからカードを1枚ドローできる。」
 あ、忘れてた。
「じゃあ、遊星の狙いは次のカード?」
「そうだ。」
《遊星ェ、俺のスピードで追い抜いてやるぜェ……!》
 いつの間にかムクロは一周して遊星の背後にまで迫っていた。けれど遊星は焦らずデッキに手を置き、そして勢いよく引き抜いた!
 そしてそのカードを確認した時、口角を上げ何かを呟いた。
《スピードスペル発動! 【ギャップ・ストーム】!》
《なんだと?》
「ギャップ・ストーム?」
 それは初めて聞いたスピードスペルだった。
《【ギャップ・ストーム】は、スピードカウンターが10以上離れている時に発動でき、フィールド上の全てのマジック、トラップカードを破壊する!》
《って事はァ!? 俺の【スピード・ブースター】もぉ!?》
 ムクロのDホイールに装備されていた小型ミサイル発射機が破壊され、そういえばあれソリットビジョンだったことを思い出す。良かった声に出さなくて。危うく馬鹿にされるところだった。
「遊星はあのカードを待ってたんだ。」
「そうだ。【シフト・ダウン】をこのターンで使用したのもこれが狙いだろう。」
「そっかぁ……!」
 すごい! この賭けのタイミングといい、それに応えたカードといい、勝利の女神に愛されすぎではないか?
《遊星ェ……。》
《さらにモンスター効果! 【ニトロ・ウォリアー】は自分のターンにマジックカードを発動したとき、攻撃力を1000ポイントアップする!》
《にゃにー!?》
「……ッ!」
「そのアホ面で俺を見るな。」
 いやニトロ・ウォリアーのモンスター効果をかなり忘れていたけど、だってすごくない!? 空いてしまった口が塞がらないよ!
《バトル! いけ、【ニトロ・ウォリアー】! ダイナマイト・ナックル!》
  スピードキング・スカル・フレイム……3000
  ニトロ・ウォリアー……2800+1000=3800
 差分の800を受けてもまだムクロのライフは1100ポイント残る!
《さらに【ニトロ・ウォリアー】が相手のモンスターを破壊したとき、相手フィールドの守備表示モンスターの攻撃表示にし、攻撃することが出来る!》
《なに!? 攻撃表示に!? ってことは【ジャンク・シンクロン】が!?》
 ムクロのフィールドにわざわざ守備表示で召喚させたのは二度目の攻撃をするため! ジャンク・シンクロンの攻撃力は1300。
《バトル!》
《うわあああ!》
《この攻撃力の差は歴然だァ!》
  ジャンク・シンクロン……1300
  ニトロ・ウォリアー……3800
 差分は2500、ムクロの残りライフもこれで削れる!
 ニトロ・ウォリアーがジャンク・シンクロンを攻撃する直前、ジャンク・シンクロンが振り返った。けれどすぐに破壊されその表情まではよく見えなかった。
 ……敵側に召喚されたとはいえ、彼にも“守れない”という感情があったのだろうか。……まぁソリットビジョンだしな。そういうプログラムにしているんだろう……、ちょこっと意図があるように覗えるのは考えすぎか。
《しまったァ!》
《決まったァ! 遊星、見事なコンボで逆転勝利ィ!》
「第1回戦突破だぁ!」
 ムクロのDホイールの前方から煙が発射され、徐々に減速されていった。
「……フッ。」
 隣に座るジャックも内心喜んでいるんだろう。再戦への実現に一歩近付いたのだから。
 減速したとはいえ横倒れしたDホイールから投げ飛ばされたムクロは《ヘヘッ……、ヘッヘッヘッ……。》と肩を震わせた。そこへ前方で停止した遊星がヘルメットを取りながら歩み寄った。
《よぉ……。》
 起き上がったムクロの顔は悔しさをにじみ出しながらも楽しそうに笑った。
《……良いデュエルだったな。》
 遊星がそう言うとムクロはヘルメットの上から頭を掻きながら
《今日は負けちまったが……、》
 と溜めて人差し指を立てた。
《今度は負けないぜェ!!》
 宣戦布告に遊星も頷いて返した。どこまでもクールな彼にムクロは《クハハハ……。》と笑った。
「面白かったなぁ。ひやっとしたけど。」
「あれぐらい出来て当然だ。」
「そうは言うけど自分もちょっと『負けるかも。』って思ってたんだもんねぇ?」
「うるさいぞ、チビすけ。」
「ケッ。」
 こっちは唇を思いっきりつままれた感覚がまだ残ってんだ。
「……やはり、彼では力不足でしたか。」
 前方で見下ろしていたレクスが口を開いた。
「となると次なるは……。」
 イエーガーがレクスを見上げ、それに頷くとものすごく悪い顔で「ヒヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」と笑い出した。こわっ。
「……貴様達! さっきから何をコソコソしている! スバルまで連れてきおって、何を考えている!!」
 ついにジャックが痺れを切らしてレクスに向かって声を荒らげたが、それでもレクスは静かに笑うだけで応えもしなかった。
「イエーガーの顔がひどい……。」
「なんですと!!」
「チビすけ! 少しは空気を読まんか!!」
 ギロリとその勢いのまま流れ弾が私に当たってしまった。ひぇっ……、すみません……。
「お行きなさい。」
「は、はい!」
 何が『お行きなさい。』なのか全く分からないけれどイエーガーは返事をしたあとすぐに部屋から出ていった。
 気が抜けたのかジャックは荒々しくソファにまた座り一度私を睨んだ後に目を閉じた。だから悪かったって……。
 会場は未だマーカー付きが2回戦進出に納得はいかずとも実力を認め始め、遊星はDホイールに再び跨がってサーキットを後にした。
「あっ、そうだよ! ちょっとレクス! 結局スレイベガについて何も教えてくれていないでしょ!」
 ふと机の上に置いたメモが目に入り、黒薔薇の魔女と遊星のデュエルをちゃっかり観戦して、私にとっての本題に触れていなかった事を思い出す。
「少しお待ちなさい。」
「はあ?」
 いや、結構待ってたんだけど?
 再び右手を上げて横にスライドして画面の向こうの誰かと話し始めた。
 むすっとジャックを見習って腕組みをして背もたれに預ける。すごく座り心地が良くてこのまま寝そうなんだけど。
「……スバル。」
 昨日寝るのがちょっと遅かったし、寝不足も続いていたからなぁと考えているとジャックに声を掛けられた。「なに?」と顔を向けると顔がいつもの3倍ぐらい険しかった。
「な、なに……?」
 思わずもう一度聞いてしまった。
「……“スレイベガ”とはなんだ。」
「えっ。」
 げっ、そうか、知らなかったのか……。
 この知りたがりにどう説明しようかと悩む。そもそも『カードには精霊が宿ってて……。』なんていう言葉、信じてくれるかどうか……。
「私から説明しましょう。」
 通話を終えたレクスはタイミングよく助け船を出した。……裏のある微笑みで。
《Everybody! イエェェイ! 緊急事態の発生だァ!》
 突然司会者がテンション良く告げた言葉に私達はスクリーンに目を向けた。
《先程ゴドウィン主催から、サプライズな提案がなされたァ!》
「は!?」
 いつの間に! と目を見開いてレクスを見るもののその微笑みのしわを深めて私の反対側に腰を下ろした。
《え〜、惜しくも1回戦に負けたデュエリスト共! 聞いてるかァ! これより敗者復活戦が行われることが決定したァ!》
「!」
 スクリーンには計4名の顔写真が並べられ、会場の照明が落とされた。
「……。」
 レクスを睨んでも薄ら笑いだけ浮かべてウンともスンとも言わない。
《イエェェイ! これより敗者復活戦の組み合わせを発表するゥ! この試合はランダムに抽選された一組のみにより行われる! その幸運に選ばれたのはァ!
 惜しくもボマー選手に敗れたがぁ、若干11歳にして実力はゴドウィン主催の折り紙付きィ! その将来性はまさに右肩上がりの天井知らず、舞い降りたデュエルの戦士ィ!》
「……ッ!」
《ミィィス、龍可ちゃぁあん!》
 パッと一筋の光が観客の一席を捉えた。膝の上で手を合わせて座っていた龍可だった。真隣で手を上げた龍亞が「あれ?」という顔をしていた。
 沸き上がる会場。
「どうゆうこと!?」
 反対に私は勢いよく机を叩いた。
 これは完璧に思いつきか意図があっての事だ、最初から敗者復活戦など行う予定がなかった。司会者の言う『緊急事態』、『サプライズな提案』がそれを裏付ける。まさか龍可ではなく龍亞が出ていたのがバレたの? 間近で見てもあんなにそっくりだったというのに。
 一向に答える気配の無いレクスに痺れを切らしたいところだが、ここからじゃどうにも助けてあげることが出来ない。双子をしらないジャックは怒りに震える私に疑問の目を向けた。
「……双子なのよ、彼女。そっくりなお兄さんが居るの。でもデュエルはあまりしたがない子で初戦は彼女のお兄さんが出てたの。」
「えぇ、すっかり騙されてしまいました。」
 ようやく私の返答に答えたレクスは喉を鳴らして言う。
「……じゃあ彼女もスレイベガなのも知ってるのね。」
「えぇ、存じてます。そして……、シグナーであると、ね。」
 まさかの事実にスクリーンを見ると「るーか、るーか!」と龍可コールの中、不安そうにデュエルディスクを抱える彼女がスポットライトを浴びながら階段を降りていた。
「さすがにそこまでは分からなかったようですね。」
「……。」
 さすがのタイゲダもそこまでは掴んでいなかったぽいから当然私にもその情報は無かった。
「……で、あんな子供がシグナーだと?」
 スクリーンから目を離したジャックは隣のレクスを見やる。
「えぇ。1回戦、たしかにDセンサーの反応は観客席に座っていた彼女から発せられました。」
「“D……センサー”?」
「この敗者復活戦は彼女がシグナーである事の確証を得るための舞台。」
 すると今度は左手でシュッと横一線にスライドさせると奇妙な動きをした大きな卵が映り出された。
《ま、ま、回る〜♪ ま〜わ〜る〜♪》
 椅子か、あれ。卵みたいな見た目の背もたれから髪の毛見え、その人はこちらに気付いた瞬間、半回転でこちらにむき直しズイッと画面に顔を近づけた。
《は、はい! 万事オッケーでぇす! ご覧下さい! このメモリを超える反応が現れれば紛れもなく彼女にシグナーの称号を与えても良いでしょう〜!》
 何かの機械のメモリを画面一杯に見せつけた後グルグルとその場で自身が回転し始めた。テンション高いな。そして容赦なく画面を消すレクス。
「あの人誰だったの?」
「海馬コンポレーションのモーメント研究開発部員の阿久津だ。」
 ……へぇ。
「そもそも我々が彼女に興味を示し、この大会に招待したのは8年前の事件を知った事が始まりなのです。」
「やっぱりこの大会、シグナーを見極めるための大会だったのね!!」
「今更気付いたのか。」
「なん、」
 今更!? いや勘づいてはいたけど、え、えぇ、そんなあっさり認める?
「8年前の事件とはなんだ。」
 そうジャックが問うとレクスはジャックと私の前にある記事を提示させた。
 そこには幼少期の龍亞と龍可がいた。

『龍可ちゃん奇跡の回復!
 デュエルキッズ大会の決勝の途中、意識を失い昏睡状態に陥っていたルカちゃん(3才)が1ヶ月ぶりの奇跡の生還を果たした。
 ルカちゃんは後遺症もなく、心身ともに健康な状態であるとの事。また意識不明の時に夢を見ていたのか、精霊の世界にいた、と話している。
 担当したネオ童実野大学医学部の水田医師によると、ルカちゃんはまだ3才という事もあり、意識が回復する際に見た夢と実体験の区別が明確に出来ていないのではないか、との事だった。』
『1ヶ月意識不明の少女生還!
 ○月○日、ネオ童実野シティにおいて開かれた、デュエルキッズ大会の決勝に出場したルカちゃん(3才)が、デュエルの途中で突然倒れ、そのまま意識不明の重体となり、以来1ヶ月間昏睡状態が続いた事件で、昨日、奇跡的に意識を取り戻した。
 担当したネオ童実野大学医学部、水田医師の話によると、現代医学では説明不可能な回復状態で、いっさいの後遺症もみられず体力も順調に回復しつつある。またルカちゃんのこの奇跡の生還の裏には、双子の兄であるルアちゃんの懸命な看護があったのは、関係者皆の知るところとなった。』

 ざっと読んでみると当時の龍可ちゃんは昏睡状態の間、精霊世界に居たらしい。数日前に入院していた私と同じ状況だったというわけか。
 ……にしても龍亞の事を兄と言っているにも関わらず『ちゃん』付けしているのは、うん。本人が見たら怒りそうだ。
「あの子は3歳ですでにデュエルに精通した天才児でした。が、ある日デュエル中に突然昏睡状態となって1ヶ月意識が戻らなかったそうです。しかし、双子の兄の龍亞くんが、その間付きっきりで妹の名前を呼び続けなんと1ヶ月後、彼女は奇跡的に回復したのです。」
「……それとシグナーとなんの関係が。」
 ジャックがそう問うともう1枚の記事が提示された。その記事のトップには『デュエルモンスターズの精霊世界に行っていた!?』と書かれている。
「私どもが興味を引きつけられたのは回復したあの子が言った言葉。
 1ヶ月間彼女はデュエルモンスターズの精霊世界に行っていたという発言です。」
 レクスの代わりにイエーガーが説明し出す。
「……“デュエルモンスターズの精霊世界”……?」
「そこの、貴女はもちろん何を言っているのか理解していますよね?」
 私の目を真っ直ぐに見下ろし、レクスは言った。
「……。」
「……スバル?」
 ジャックの視線を感じつつ記事から私は顔を上げなかった。いや、上げられなかった。
「そもそもデュエルモンスターズの起源は謎に包まれ、様々な伝説が存在します。その幾つかは彼女の回復後に語った精霊世界と様子が一致するものが多く含まれていた。
 そして星の民に残る伝説にも……。」
「……。」
 ジャックから戸惑いを感じた。そりゃそうだ。信じがたい話だ。私も子供の夢物語だと、言ってやりたかった。
「我々の調査では2人ともあの事件の記憶は残っておりません。それならば、もう一度あの子に行ってもらおうではありませんか。デュエルモンスターズの精霊世界へ。」
「ッ!」
「さすれば彼女の本当の力が分かるかもしれません。」
 言いながらソリットビジョンに映し出された、龍可がフィールドに向かっている最中の監視映像に手を伸ばし映像を乱れさせた。その姿に私は恐怖を覚えた。

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