DUEL of FORTUNE KAPF
-11
「このほっぺの、なんだろう?」
「“マーカー”だよ、知らないの?」
 整頓された広いリビング。中央より窓際に置かれたソファとリクライニング出来る椅子に横たわる男女を見ながら双子は口を開いた。
「セキュリティに捕まった人は皆付けられるんだってさ。」
「じゃあ、この人達悪い人……?」
 セキュリティ……正義に罰せられた証拠であるマーカーの意味を知った少女は顎を引いて声を強ばらせた。
「カードの妖精は大丈夫だって言ってんだろ?」
 少年が首を傾げ、そう聞けば「……うん。」と自信無さそうに答えた。
「このカード達、すごく大事にされてる。」
 そう言いながら机の上に置かれた2つのデッキに手を置き目を閉じた。
「――だから大丈夫、だと思う……。でも、」
「そっか、ならいいや!」
 不安そうな少女の声に少年は明るく返したその時、微かに青年の瞼が動いた。
 青年が目を覚まし横を見ると双子は安心させるように微笑んだ。
「ッ! 誰だ。」
 しかし青年の双子の存在を認識すると反射のように起き上がり、見知らぬ部屋を少し見渡した。
「覚えてない? 昨日の夜、下で倒れてたんだよ。」
「……スバルは?」
「スバル? あぁ、そこの姉ちゃんの事かな?」
 少年が指さした先にもう1人に青年、スバルが毛布を掛けられ横たわっていた。自身にも掛けられていた毛布を剥いでスバルに寄ると、顔色も特に悪くなく規則正しい寝息を上げていた。昔から睡眠はよく貪っていたので悪いと思いつつ、少し頬を叩く。
「あと30分……。」
「寝過ぎだ。」
 キュッと眉間に皺を寄せたスバルに思わず口元が緩む。
「ふぁぁ……、もう朝……って、うぎゃああ遊星!?」
 目を覚ましたらあまりの至近距離に居た遊星にスバルは毛布で顔を隠した。
「体調は平気か。」
「あ、うん……。電気ショックを食らった割には……って感じ。というかすごく寝心地が良いんだけど此所……。」
 恐る恐るといった具合にゆっくり毛布を下げ遊星を見上げる。
「彼らが助けてくれたらしい。」
「彼ら……?」
 そう言って退いたので、スバルも起き上がり遊星の背後に目をやると顔がそっくりの双子が目に入った。
「……合わせ鏡かなんか?」
「違うよ! 僕の名前は龍亞! こっちは妹の龍可。俺達双子なんだ!」
「ほぇ……こりゃまたそっくりな……。」
「よく間違えられるよ!」
 少年龍亞と少女龍可をもう一度交互に見てから「どうも……。」と頭を下げた。
「えっと、まずは助けてくれてありがとう。私はスバル。こっちの眉潜めてるのがデフォな彼はゆうせ、あだっ!」
 スバルが全部言い終わらないうちに遊星から手刀が降りた。
「寝起きに酷い事するなぁ。」
「される理由は分かっているんだろう。」
「うん。」
 全く悪びれる様子も無く、いっそ清々しいほど真面目に頷いたスバルに溜息を零しながらもう一度部屋を見渡す。
「ここは?」
「オレらん家!」
 龍亞が答え、何かに手を振るとシャシャシャっとカーテンが開いていく。
「……!」
 ソファの向かい側一面に掛かっていたカーテンの先は全て想像が付かないほど広いベランダがあった。一部には椰子の木すら生えている。
「ここはトップスって言って、童実野シティでは一番高いところにあるんだ。」
 開いた口が塞がらないとはこの事だろう。
「……金持ちかよ……。」
 目をまん丸にしたスバルが隠す事も無く率直な感想を述べた。
「……トップスだったか。」
「はい、これ2人の洋服。」
 呆けていた2人に龍可は初めて声を掛けた。
「ありがとう!」
「……ありがとう。」
 綺麗に折りたたまれた服からほのかに良い香りがした。
「汚れていたから洗っておいたんだ!」
「あ、ありがとう……! ふふ、良い香り!」
 気のせいかいつもよりふんわりと柔らかい上着に思わず頬ずりした。
 一方遊星は受け取ってすぐに広げて袖を通した。

「本当にありがとう、助かった。」
 私も袖に通して髪を結い上げ、ソファの肘掛けに腰掛ける龍可にそう告げると見上げたまま小さくコクリと頷いた。
 遊星がデュエルディスクを身につけ終えると龍亞が「ねえ!」と上付いた声で声を上げた。
「遊星達もデュエリストなんでしょ!?」
「あぁ。」
「オレもやるんだ! ねえどっちかさ、オレとデュエルやんない!? いっつも龍可が相手だからつまんなくてさぁ!」
「しっつれいしちゃう。龍亞だって弱いじゃん。」
「これから強くなんの! ねえ2人は強いの?」
 キラキラした目で交互に見られ思わず口元を引きつらせた。
「あ、あははぁ〜……っとね、私のデッキはエンジョイデッキだから勝つためのデッキじゃないんだ、ごめんね。それに単純な強さなら遊星の方がずっと強いよ。」
「そうなの!?」
「……。」
 遊星の視線を感じながらも苦笑いしてやんわりと避ける。デュエルはたしかに大好きではあるが、プレイングより見る方が好きなのだ。なんとなく遊星に目が合わせられずに前を向くと、
「ブフッ!」
「え、大丈夫?」
「ご、ごめん、うん、平気。」
 顔を手で隠しながら龍亞に答える。遊星も気付いたようで「……ッ、?」と若干戸惑っていた。
 私達の視線の先には大きなキング、ジャック・アトラスのポスター、その下にある棚の上にはジャックとレッド・デーモンズ・ドラゴンのフィギュアがあった。
 まじか、ジャックが、フィギュア、ブフッ、まじかぁ……。
「なんで笑うの!? あれは僕のお宝! キングのグッズだよ!」
「ごめん。」
 拳を作り頬を膨らませた龍亞に真面目な顔を作ってスバルが謝った。
「オレもいつかキングになるんだ! ライディングデュエル、オレもやりたいんだよね!」
「キングになんなくても出来るじゃん。」
 フンッとそっぽ向く龍可に「もお! 龍可はちょっと黙ってて!」と怒った。素直になれないあたり子供っぽくて微笑む。
「ねえ遊星はキング好き?」
「……興味は無いな。」
 こちらも素っ気なく返す遊星に緩む口元を手で隠した。
「なぁ〜んだ。そうなのか。折角ライディングデュエルやるのにもったいないなぁ。」
「……どうしてそれを。」
「だってあれ、Dホイールなんでしょ?」
 龍亞の指さす方向には1台のDホイール、遊星号だ。
「あ!」
 声を上げてケンケンで寄れば、塗装の剥がれや傷はあるものの何かが破損しているという印象は受けない。良かった……。
「やっぱさ、Dホイーラーならキングに憧れるじゃん!?」
「……。」
 遅れてやってきた遊星も遊星号に触れて確認する。
「……龍亞の話、聞いてないみたい。」
「〜〜! だったら!」
 なんとか遊星に振り向いてもらおうと龍亞は1通の手紙を持って駆け寄る。
「遊星、これ見てよこれ! もしかしたらキングとデュエル出来るかもしれないよ!」
「え?」
「じゃーん!」
 封から『Luka』と宛先が書かれた葉書を取り出し、遊星に渡す。私も遊星の隣から覗き込むと少し高さが下げられ見やすく傾けられる。
「……“デュエル・オブ・フォーチュンアップ”?」
 なんだそれ。
「うん! 海馬コンポレーションがランダムで選んだ人たちがトーナメントするんだって! その中に龍可が選ばれたんだよ!」
「すごいねぇ〜。」
 海馬コンポレーションはサテライトに居た時にも何度か聞いた覚えがあった。なんでもソリットビジョンを開発したのは海馬コンポレーションが1番なんだとか。数十年も前の高校生社長が開発したっていうんだからまるで夢物語のようだと思っていた。
「優勝したデュエリストはなんとキングとデュエル出来るんだ!」
 龍亞の最後の言葉にハッと息を飲む。
「あたし出る気無いから。」
「んあ!」
「え、そうなの?」
「龍可っていっつもこうなんだ!」
 腰に手を当てて言う龍亞に苦笑いする。
「だからオレが龍可のフリして出ようと思うんだ!」
「えっ!」
「龍亞に私の真似は無理だから。」
「〜〜!」
 龍亞が足音を立てて駆け寄り「同じ顔してるじゃん!!」と自分の顔を指さした。
「同じ顔ぉ? どこが。」
「オレ達双子じゃん!」
「同じじゃない。」
「そりゃあ、男と女だけどさぁ。まあオレに任せとけって。」
「いやあ私も無理だと思うよ、たしかにそっくりではあるけど……。」
「ほらあ! え?」
「龍亞はお気楽すぎるのよ。……あの人達だって。」
 チラリと龍可が私達を一瞥して言う。うん、私が言うのもあれだけど、その通り。
「龍可は遊星達を信用出来ないの!? カードを大事にしてるデュエリストなんだろ!? オレ、力になりたい!」
「……!」
「……龍亞、声大きい。」
 おっと、気まずそうに目を反らされてしまった。
 うんうん、でもその対応の方が正しいよ。ましてや素性の分からない年上に油断はあまり見せちゃいけないよ……いや、悪いことする気は全くないけど! あのエセ正義のジャイ眉と違って!
 でも1つ確信したことがあった。
「あ、あぁ……。」
 申し訳なさそうにこちらを見やる龍亞に手を振る。
「それが正しい反応だよ。」
「匿ってくれた事には感謝する。だが、俺達には関わらない方が良い。」
 熱心に読んでいた葉書を丁寧に封に入れて投げた。手紙は一度レッド・デーモンズ・ドラゴンに当たったものの、ジャックとの間に綺麗に立て掛けられた。
「おぉ〜!」
「雑なのか丁寧なのか……。」
 私が頭を抱えると、踵を返しドアに向かう遊星。そのままドアのロックを外す。
「もう帰っちゃうの!?」
「迷惑は掛けられない。」
「“マーカー”付きが2人もいるんだ。いつここにセキュリティが押しかけるか分かんないでしょ?」
「そんなの構わないよ! あ、そうだ!」
 いやいや構えって。さっき妹ちゃんに怒られたばっかりでしょ。
 自由な少年がクローゼットを開けて何やら腕に身につけてやって来た。
「ねえデュエルやろうよ! デュエリストなら挑まれた勝負は受けなきゃ!」
 あっちゃ〜〜と心の中で声を上げた。この子反省してないな……。
「龍亞の方が迷惑掛けてない?」
「〜〜! だってスバルも遊星が強いって言うんだよ!? オレ、強い奴とデュエルしたい! やろうよ遊星! オレ色んな奴とデュエルして腕を上げたいんだ! ねえやろうよ、やろうよ、やろうよ、やろうよお〜!!」
 腕を掲げて駄々をこねる龍亞のデュエルディスクがずり下がった。
「うわあぁしっかりちゃんとハマってろよぉ、かっこわりぃなぁ。すぐ直すから、ね、ちょ、ちょっと待ってて〜。」
 ガシャガシャと調節する龍亞の姿に思わずまどろんだ。あ〜あ、懐かしいな、この感じ。ラリーも今じゃもたつかなくなったけど、あたふたしている時はこんな感じだったなぁ。
「……似ているな、ラリーに。」
「……ほんと。」
 遊星も同じ事を考えていたらしい。ぼそりと零れたその言葉に小さく頷いてみせた。
「分かった。やろう。」
「やったー!」
《フォーメーション、アウト》
 頷いてからDホイールからデュエルディスクを取り出し左腕に装着した。
「すげえ、すげえ、すげえ!」
 一連の流れに龍亞が目を輝かせたがまたもやデュエルディスクがずり下がってしまった。



:::



 一先ずベランダ……もはや広場と言われてもおかしくない表に出ると『1番高い』と言われる理由がわかるほど景色が開けていて、でも双子以外に人気が見当らず物寂しさも感じてしまう。
 またもやずり下がった子供用のデュエルディスクを調整する龍亞に遊星が助け船を出した。
「……此所には他に誰か居ないのか?」
「俺達だけだよ。」
「君達、だけ?」
「そう!」
「ここね、ホテルの1番上なのよ。私達、ずっと前から2人なの。親は仕事で居なくて、たまに連絡が来るくらい。お気楽でしょ。」
「……。」
 それは、お気楽、というのだろうか。まだこんなにも小さい子が2人だけであんなに広い部屋にいる。いくら玩具が充実していたとしても、このぐらいの子はまだ親に甘えたい年頃だろうに……。
「勉強もね、ネットで出来るから滅多に外に出ないんだ!」
「そうか。」
 もし私だったら……、いや、分からないな。“あの場所”にはいつも色んな子供が居たから、静かに物耽る事も無かったし……。それぞれ感覚や解釈もあるんだろう。……それでも寂しそうだな、って思ってしまう。騒がしい環境ばかりに居たから、余計。
「よし、これでいい。」
「わあああ! 本当だ! ありがとう、遊星!」
「気にするな。」
 振り回してもズレない事に関心する龍亞を見ながら立ち上がった遊星だけど、何故か私にも手を伸ばしてポンポンと撫でた。
「? ……ッ!?」
 なにこれ?
「始めようか。お前のターンからでいい。」
「おう!」
 私の頭から離れ、2人とも距離が離れていく。え、私放置?
「はぁ……?」
 間抜けた声を出しつつ、少し離れたところで腰掛ける龍可の下に行く。付き合い長いのに相変わらずよく分からん奴……。
「隣失礼しても?」
「えぇ……。」
 少しズレて間を作った龍可。ちょっとばかし距離を感じるぐらい離されてしまった。お年頃って言うか警戒心強いなぁ……。
「お兄さんのことが心配?」
「え?」
「オレのデッキ、ちょっとすごいぜ!」
「いつでもいいぞ。」
「いっくよ〜〜!」
「デュエル!」
「オレのターンドロー!」
 両者の掛け声から始まり、龍亞はデッキから「シャッキーン!」とセルフ効果音と共に大振りにデッキからドローした。
「いきなり来たー! 【D・モバホン】を召喚! 攻撃表示! ジャキーン! うぉおかっちょい〜!」
 自身のフィールドに出現したモンスターに龍亞は小躍りした。
「D(ディフォーマー)モンスター効果はそのカードの表示形式で変わるんだ! モバホンは攻撃表示の時、ダイヤルが1から6で止まった数字分カードをめくり、そのカードがレベル4以下のDだったら特殊召喚出来るんだ! いっくぞ〜! ダイヤル〜! あいてて……。」
 勢いよく肩を回すものの、勢いが良すぎて左腕の重さにコケかけた。
「はぁ……。」
「……おい。」
 隣と遊星から呆れたような声が上がった。
「えっへへ〜! ちょ〜っと重いんだよね〜。」
「煩いでしょ、龍亞のデュエル。」
「龍可! 余計な事は言うなよ! 今大事なとこなんだ!」
 龍亞にとがめられ、龍可は大げさに肩を上げて見せた。
「ダイヤル〜! オン!」
 まあそんな事に気を止めないよね、龍亞くんは。分かってきたぞ。
「3だ! 3枚めくるぞ! ……ッハ! よおし、オレがめくったのはレベル3、【D・マグネU】を特殊召喚! 攻撃表示! ジャキーン! カードを1枚伏せてターンエンド! どうだ、オレのモンスター達! かっこいいだろ!」
 龍亞に「かっこいいよ〜!」とそう声を掛けてあげると予想通り「だろ〜!?」と嬉しそうに笑った。
「……いつもより盛り上がってるなぁ。」
「ふふ、観客がいるからね。」
 龍可に笑いかければ少し拗ねたように頬を膨らませた。
「俺のターンだな。」
 遊星が無言でカードを引いた。
「……さっきの言葉、別に心配なんかしてない。」
「え?」
 龍可は龍亞から目線を外さずに言った。
「……少し、羨ましいなって、思っただけ。」
「だろだろだろ〜!? この変球を見せたかったんだよね〜!!」
 状況はどうやら遊星が通常召喚した【ターボ・ウォーリアー】の攻撃をトラップカードは弾いたらしい。D・マグネUが守備表示にされているけど。
「調子に乗るの早すぎない?」
「まあ見てろって! 遊星、ターンエンドかい?」
「……あぁ。」
「よっしゃー! オレのターン、シャキーン! ……ととと。」
「格好ばっか付けるから。」
「うるさい!」
 またもやコケた龍亞にいちいち口を出す龍可に思わず笑ってしまった。
「仲が良いんだね。」
「……まあ、悪くは無いんじゃない?」
 自分で言っちゃうのもなんだけど、少し私に似てるなぁ。特に兄に対して当たりが強いところとか。……奴を兄とはもう思ってないケド。
「でもまあ、口出ししたくなるよねぇ、ああいうタイプには。面白いから。」
「……だめ。」
「やっぱり?」
 龍可が少しだけ口を尖らせてみせたので素直に引き下がる。
 前から「ジャッキーン!」やら「どおだ!」やらなんやらを聞きながら膝に肘を付く。ある意味これもエンターテイメントだよね。
「龍可ちゃん。単刀直入に聞くんだけど、君は“スレイベガ”だったりするの?」
 隣で気配が大きく動いたのが分かった。あえて見ないのは遊星達に悟られないようにするためだ。めざといから。
「私もそうらしい。この世界で視えはしないから証明しようがないんだけど。」
「……なんの話かわかんない。」
「そっか。じゃあここから先は私が見た夢の話。」
 どうやら龍亞の攻撃が通ったらしい。「やったやったやったぁ! コンボ決まったよ! オレまだ無傷ぅ! 最高に気持ちいーじゃん!」と自慢げにこちらに言う龍亞に手を振った。
「……どうでもいいけど、ターンエンド?」
「あ〜、そっか。エンドエンドエンド! 次、遊星だよ。」
 格好付けて言う龍亞に苦笑いする。
「……デュエルモンスターのカードには精霊が宿っているらしい。その彼らが住まう世界が精霊世界って言うんだけど、昨晩その夢を見たんだ。私が行ったのは草原が広がる丘の上だった。そこでハネクリボーとブラマジに出会ったんだ。そこで彼らに1つ頼み事されてさ。……“エンシェント・フェアリー・ドラゴン”ってどんなカードか知ってる?」
「……ううん、知らない。」
 横目に見ると小さく首を振っていた。この様子だと本当に知らないらしい。
「そっか〜。」
 異世界に飛ばされた2回目はさすがに覚えたまま目が覚めた。タイゲタが言っていたシグナーの一角を勤める“エンシェント・フェアリー・ドラゴン”さまの復活をさせるのは現実のカードの在処を探すのが1番手っ取り早いかと思ったけど、まず知っている人が見つからない。
 遊星達には余計な事は考えさせたくない。
「そのカードが、どうかしたの?」
「助けて欲しいんだって。」
 私の言葉に少女は分かりやすく動揺した。
「……今、そのカードは苦しんでいるの?」
「うん、どうやらそうらしい。けど助けようにもどうすれば良いのか分かんないんだよね〜……。私はシグナーじゃないし。」
「“シグナー”?」
「あぁ、それはこっちの話。」
「……気になるような言い方、するんだ。」
 もう一度口を尖らせて言う彼女に微笑む。
「龍可ちゃんはこんな夢の話を信じてくれるんだ?」
「そ、れは……。」
「【ニトロ・ウォーリアー】よ、【D・モバホン】に攻撃!」
「うわあああ!」
「あっ……!」
 どうやら遊星達の方も決着がついたらしい。というか4ターンか、容赦ないな……。
 ライフ0にされた龍亞が目に涙を浮かべた。けど零れないように必死に堪えている姿は男の子だなぁと思う。そんな龍亞に龍可は歩み寄った。
「もう、すぐ泣くんだから。」
「……泣いてない。」
 私も立ち上がり2人の元に行く。
「お疲れ。」
 ポンポンとその頭に手を置いて撫でてあげた。
「デュエルを楽しんでいる気持ちは伝わってきた。」
「うん。見てるこっちも楽しかったよ。」
 ジャックとは違うエンターテイメント性だけど、きっと強くなったら皆を楽しませられるデュエルが出来るだろう。
「ただ、お前のデュエルはちょっと自分勝手すぎる。」
「へ?」
「4体のDを揃えたところで満足してなかったか?」
「あっ!」
「Dは状況で効果を変えるモンスターだ。だがその状況を変えることも出来てしまうのもデュエルだ。俺がどう反撃するか読まず、独りよがりのデュエルをやっているようではキングの道は遠いな。」
 少し言葉はキツいけど、良い教訓にはなっただろう。
「……ま、元気出せ出せ。」
 龍亞の肩に龍可が手を置き慰めると再び浮かんだ涙を腕で擦り、顔を上げた。
「遊星、またデュエルしてくれる?」
 そう言う彼の顔は勇ましくなっていた。
「そのうちな。……世話になった。」
「ありが、」
「駄目だよぉ!」
 お、おう、まだ引き留めるのか。
 ぎゅっと拳を握って見上げる龍亞。うーん、弱ったなぁ。
「このマーカーを見ろ。俺達と居たらお前達に迷惑を掛ける。」
「これね、発信器付きなんだ。だから、」
「いいよそれぐらい! オレ、遊星達の力になりたいよ!」
 龍亞の折れない小さいながらもたしかな覚悟に困ってしまう。
「嬉しいけど……。」
「まぁた始まった、龍亞の『力になりたい病』。」
 び、病って……。
「だってさ!」
「……でも今日ぐらい休んでいった方が良いんじゃない?」
「龍可ちゃん、」
 思わぬ助太刀に目を丸くした。
「……ね?」
 おいおい、なんだか年下に丸め込まれそうだなぁ。やるね小学生……。
 遊星と見合わせ複雑な顔をする彼にアイコンタクトする。すると晴れ渡っている空を見上げてから「わかった。」と言った。

 そうして一日お邪魔する事になったわけだけど、やはり龍亞にデュエルを申し込まれてしまった。足が悪いから立ちっぱなしは辛いと言い訳したら「卓上ならいいでしょ!」とゴリ押しされて、結局頷いてしまった。遊星からデッキを受け取り、枚数を確認したあと、未だ胸ポケットにしまっていたハネクリボーを加える。
「早く早く〜!」
「分かった分かった。落ち着けって。」
 ……。
 …………。
「普通に強いじゃん!?」
「強くないって。龍亞のデッキは表示形式に対するチェーンを持たないからだよ。」
 初戦は負けてしまい肩をすくめていたところに背後から見ていた遊星に『スバル。』と睨み付けられてしまった。
『久々にやったから出来なかっただけだよ。』
『ならもう一回やってみろ。』
 なんでこんな厳しいの?
 もちろん龍亞は再戦出来ると分かれば乗ってきたので2回戦目。なんとか勝てて胸を撫で下ろしたら今度は龍亞が
『一勝一敗だからもう一回!』と火が付き謎の3回戦開幕。
 上手く展開出来たために私もつい熱くなってしまい、4ターンキル。悔しかったのか『次はオレが勝つ!』と駄々をこねられ4回戦勃発。そろそろ疲れたよ?
 そして初戦以外は勝ちを収めた私に龍亞がキレた。
「あと無理は言わないけど装備カードに対する対策かな。」
「うぅ、でもこんなに装備するデッキは初めてだよぉ。」
「“ヴァイロン”デッキは仲間と力を合わせるデッキだからね。逆に言えば装備カードを対策されると結構キツいんだ。たとえば【武装解除】とかね。あのカードを出されたら個々の火力が弱いこのデッキはすぐにやられちゃうんだ。あと装備中心デッキだから事故がよく起きるし、結構運に頼りやすいしな〜。初戦で負けたのはそれが原因かな。……あと勘が鈍ってました。」
 後頭部からキツい視線を感じて思わず敬語になる。……半分本当で半分嘘だ。たしかに手札事故も起きたけど、さすがに年下に大人げなく(遊星と合わせ)2連敗させるのはメンタル的にどうなんだろうと、正直手を抜いた部分はあった。
 許してくれよ〜、ラリーと同い年っぽい彼をもう泣かせたくないもん〜。
「明日にでもパック買わなきゃ……。」
 デッキを広げてうなる彼が微笑ましくて心が温まる。
「勉強になったようで良かった。」
「うん! ありがとう!」
「どういたしまして!」
 ぐっと背伸びをするとコトンと龍可が机の上にコップが2つ置かれた。
「ごめんね、こんなに付き合わせちゃって。」
「ありがとう。いいよ、良いリハビリになった。……けどさすがに4戦連続は疲れたな〜。」
 カードを集めていると遊星が1枚のカードを手にした。【ヴァイロン・エプシロン】だ。私のエースカードでもある。
「あ〜、でも遊星とやる時は強化しなくちゃな〜。装備にも効果にも対策とられてるから手も足も出ないしね。」
「……よく【イクイップ・シュート】がスバルのデッキ対策だって気付いたな。」
 それはジャイ眉がゲジ眉と(私の中で)呼ばれていた頃。ジャイ眉との初戦かな。久々に自分以外に装備効果を使う人を見た。
「ヴァイロンデッキは火力が低いから【魔界の足枷】でも入れないと相手ライフをガッツリ削れないからね。入れているのは知っているだろうとは思ってたけど、さすがにもう対策とられてるとはあの時までは思わなかったよ。あ〜、なんかもう負けた気分になって腹立つ!」
 腹にグーパンでも噛ましてやろうと思ったのに躱されてしまった。
「お前はすぐに手が出る。やめた方がいいぞ。」
「うるせー!」
 舌を出して顔をしかめれば鼻で笑われカードをデッキの1番上に置かれた。
「久々に見られて良かった。」
「……やる時が怖いなぁ。私って見る専なんだけど。」
 肩をすくめて見上げれば頭を撫でられた、解せぬ。今回もガッツリ見られてしまったから絶対対策取られる。
「……2人って仲良いのね。」
「え?」
「2人ってそういう仲?」
「どういう仲だと思っているのかね!?」
 全力で首を振ってみせれば「そうなの?」と龍可が首を傾げた。
「違うよ〜。幼馴染み。」
「……仲間だ。」
「もう、最近の子供はすぐそういう話に結び付けたがるんだから〜。」
 ラリーも何かと……、いや仕事3人衆もそうだったな。あれ、子供に限った話じゃない?
 コップの中の水を飲みながら頭を捻るが、まあいいかと一緒に流し込んだ。
「そういえばご飯とかはどうしているの?」
「メニューで頼むんだよ。言ったでしょ、ここホテルだって。」
「ひえ……。」
 なんて恐ろしいワードなの、“ホテル”。

 カチャカチャと音が聞こえ目を覚ます。夜も更けているというのに遊星は寝ずに何かを弄っていた。
「起こしたか?」
 人工の光に慣れずにいると遊星がこちらに気付いた。
「ううん。ふと目が覚めただけ。」
「そうか。」
 毛布をかけ直し、青とピンクの小さなデュエルディスクを弄る遊星の手元を眺めた。龍亞と龍可のものだ。お礼に手を加えてあげているんだろう。
「遊星、少しは寝た?」
「まだだ。」
「……さては寝る気無いな?」
「……長居をするつもりはない。子供に迷惑を掛けられないからな。ましてやラリーと同じぐらいのあの子供達には。」
 そういう遊星の顔は辛そうだった。いつだって別れを惜しむ彼の事だ、何も言わずに出ていく事も気にしているんだろう。
「でも発信器付きのマーカー付きがここに2人もあるのにセキュリティが来ないって事は外より安全かもよ?」
「スバル。」
 手を止め見下ろす遊星に肩をすくめてみせる。
「冗談。私もそのつもり。」
 少し睨まれたが再び手元に目線を移し、作業を続けた。
 この時ばかり、遊星を魔法使いのように感じてしまう。遊星のあの手に触れれば機械達がたちまち良くなってしまうから。感心してしまう。
 割とすぐに工具を置き、破片を片付け始めた遊星。
「あれ、もう終わり?」
「あと少しの所でお前が目を覚ましたんだ。」
「そっかぁ。」
 残念、もう少し見ていたかったのだけど。
 私も起き上がり毛布を畳んで上着を羽織った。慎重に大きな音は立てないよう歩き、玄関を出る。少しだけ振り返り、エレベーターに乗り込む。優しい双子に出会えて良かった。
「え、48階!?」
 誰も居ないことを良いことに思わず大声を出してしまった。あの双子の家族って何者……!?
「スバル、もうシートに乗っておけ。」
「え?」
「駐車場に着いたらすぐに行く。」
「わ、わかった……。」
 遊星に手招きされて乗り込む。後ろに詰めてヘルメットを被り、地下に着くまで改めてDホイールを眺めた。これを遊星がたった1人で作り上げているんだから、本当に魔法使いのようだ。……私の足が治ったら、私のDホイールも作ってくれるだろうか。
 チン、と到着の合図が鳴り、Dホイールを押し出す遊星に若干申し訳なさを感じつつ薄暗い中進む。言葉通りすぐに乗り込んだ遊星の腰に未だぎこちなく腕を回す。なんでまだこんなにも緊張してしまうんだろう。

 外に飛び出し、ネオンの明かりとはほど遠い裏地を走る。
「待っていたぜェ、クズ野郎共!」
 ビクリと肩が跳ね上がり遊星の肩越しに先を見ると、もはやお約束のように奴がいた。
「またお前か……。」
 もう張り上げる力が無い。
 ジャイ眉に先を塞がれ、仕方なく私達も停まった。
「さあ観念してもらおうかァ!」
「また負けに来たのぉ……?」
「うるせえな! もう二度と負けねぇよ!」
 しつこいストーカーが何を言ってんだか。
 遊星も相手にする気が無いのかUカーブしようとハンドルを切った、その時。
 ピカーッ!
「デジャブ!」
 ウッ、頭が!
「な、なんだァ!?」
 前方から眩い光を当てられ遊星の影に隠れる。何度目だ、このパターン!!
 しかし今回はバイクやジャックでは無く車。なんか気が抜けていたけど、これ本格的にヤバい奴では?
「せ、“SECURITY”のマーク……?」
「捜査官くん。この男女の身柄、しばし治安維持局に預けてはくれないかな?」
 車から降りてきた特徴あるシルエット。それが私達のDホイールの明かりに照らされ姿を現した、のだが……。
「ぴ、ピエロだと……?」
 ここに来て個性のある新顔がやってきた……! しかもジャイ眉を下に扱う素振りから上司……?
「治安維持局……?」
 しかしジャイ眉は怪訝そうな声を出してピエロを睨んだ。
「特別調査室長、イエーガーと申します。あなたは牛尾くん、でございますね? イヒヒヒ。」
 うわぁ、なんかヤバいタイプが来ちゃった!
「特別調査室長!?」
「レクス・ゴドウィン長官より、この2人にメッセージを預かって参りました。」
「し、しかしコイツらはセキュリティ保管庫からそのDホイールを!」
「牛尾くん。」
「!」
「長官命令には、逆らわない方がよろしいかと思いますが。」
「くっ……!」
 ……なんだこの展開。
「長官が俺達になんの用だ。」
「今更牢屋に逆戻りさせるの?」
 怪訝に言う私達の元にやってきながらイエーガーが何かを取り出して手渡した。それは私達を動揺させるにはあまりに十分な代物だった。
「デュエル・オブ・フォーチュンカップにご参加ください。拒否すれば写真の4人にはあなた方の想像も付かぬ痛みを経験してもらいます。良いですね? イッヒッヒヒヒ。イーッヒッヒッヒッヒヒヒ。」
 劈く笑いに思いっきり顔をしかめ、クシャリと紙が音を上げるのもいとわずに握りしめる。車に乗り込み退散したイエーガーをただ睨み付けることしか出来なかった。
 渡されたのは龍亞に見せてもらった手紙と同じ封筒、それと1枚の写真。
 そこにはサテライトに残してきた私達の仲間が、映っていた。

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