真夏の女神
*番外編
*元ネタ:むすめん。「真夏のビーナス」より


 昨日までは汗だくに砂浜を走っていた神童率いる雷門中サッカー部一同だったが、監督のご厚意(もとい部員によるブーイング)により、合宿最終日であった今日は御褒美として1日自由となっていた。
 寝起き早々に水着に着替えた体力底なし組は叫びながら海へと向かう。その声に一般的な部員はもそもそと起き上がり、朝食の準備をしに向かったり荷物の整理をしたりとしていた。
 朝食の笛が鳴ったのは丁度7時頃。とある理由により、浜辺にある海の家で食事をとっている。そのため観光客が来る前にご飯を食べ終える必要があった。その笛を聞きつけ海で遊んでいた人も片付けをしていた人も手を止め、腹ごしらえに海の家へ向かった。
「朝っぱらからよく入れるねぇ……。」
 がやがやと海の家の中に入ってきた部員の一部を見て、感心のなのか呆れなのか分からないため息をついたのは香織だった。なんとこの海の家を運営している夫婦の姪が香織で夏休みはバイトにここで働いていたのだ。なんやかんやありつつ今ではすっかりサッカー部に馴染んでいた。
「焦らずに食べなよ〜。」
「はぁい!」
「いただきまーすっ!」
「ウッ……。」
「ほら言った傍から!」
 がやがやとこのメンバーで食べるのも今日が最後。そしてついに香織との最初の夏休み。神童は使ったこともなかった脳みその“愛について”の項目を必死に働かせていた。
「どうする?何しよっか?」
「せっかくだしねぇ。」
「あ、私は砂のお城作りたい!」
「子供だなー!」
「え〜!」
「はは、あんたらとならなんでも騒がしくなりそうだなぁ。」
 香織が箸を持ったまま口許を隠しながら笑う。香織も伯母さんからこの際だからと、1日限りの休みを貰ったのだ。
「あ、あのたつ……。」
 神童の言葉を遮るように後ろからガタガタと忙しい音が聞こえた。
「ごちそうさまでした!!」
「あ"っ!?」
「早く海いこうぜ!」
「待って待って!!」
 威勢のいい若々しい部員が食器を丁寧に(香織が仕込み済み)片付け、我先にと海の家をあとにした。
「――私たちもいこっか!」
 つられ誰からともなく他のメンバーも立ち上がった。
 しばらくすると砂浜にパラソルが咲き、コバルトに輝く海も観光客でざわつき始める。合宿前も平日はほぼ練習に明け暮れていた部員にとってこの1日は特大イベントと言っても過言ではなかった。そのため観光客とははしゃぎのレベルが違った。
 そうなると3時間ほどはしゃぎっぱなしだとまだお昼時ではないにしろ小腹が空いてきた。
「泳ぎ疲れたわぁ〜。」
「なんか食べたぁい……。」
「ね〜。」
 すると海の家の外にあったベンチで円堂監督が手を降っているのが目に入った。
 皆首を傾げながら歩いていたが
「アイスだぞ!」
 と聞こえたとたん一斉に海の家に走った。
 種類は豊富で悩みながらも皆が選び終わった頃、ふと誰かが気付いた。
「あれ、香織は?」
 先ほどまで一緒に遊んでいたはずの香織の姿が見当たらない。
 慌ててアイスを片手に皆が辺りを見回す。
「ほら神童、ぼけっとすんな!」
「ちょっと向こう側まで探してきなよ。」
 あまりのショックに放心していた神童は霧野に一発背中を押され、その勢いのまま無言で駆け出した。
「おーまるで騎士さまのようだなー。」
「頑張れ、神童君!」
「霧野に後押しされずに駆け出せたら満点だったのにな。」
「センパイに任せりゃそのうち連れてくんだろ。」
「もう少し持久出来る走りをすればええのになぁ……。」
「そこなの?」
「まあ神童にしてはよくやってんじゃないの?」
「ねえそこなの?」「うるさい。」
「シン様の雄姿……、撮れてうれしい……。」
 人混みを避けながら走る神童をまるで解説者の如く見守った。
 神童が香織に片想いしていたのは周知の事実であり、割りと有名な話でもあった。
 サッカー部でも恋愛に疎い奴以外は生暖かい目を向けている。
 例えば事あるごとに香織に話しかけようとしたり、例えば修学旅行の写真に香織が写っていたら必ず神童も写り込んでいたり、例えばその写っている神童の目線は全て香織に向けられていたり、と。
 修学旅行の写真と言うのはたかが2週間だとしても校内に公開されるのだ。察知能力が高い人はそれ以前に気付くが、ここで偏差値低めでも気付いてしまう。そしてそれが噂となり、“2年の神童って人があの樹越香織に熱烈に片想いをしているが報われていないらしい”というのが周知の事実と化していった。
「まあここまで来たら……。」
「尾行しかないよねっ!!」
 真有が楽しそうに提案する。
「――行くか!!」
 霧野が掛け声をあげ、数人というにはあまりに多い数で見失ないそうな神童のうしろについていった。
 一方神童は尾行されてるとは夢にも思っておらず、ただひたすらに香織を探していた。この海岸に来たのは初めてで、むしろ香織とは音楽室の件以外は接点をほとんど持ち合わせていない。居そうな場所おろか好きな物も事もまともに知らなかった。
 なにも考えずに走ったせいで息がすぐに上がる。人にぶつからないように神経も使うためその分余計に早く体が悲鳴をあげる。もう駄目かと立ち止まりそうになった時、ちらりと視界に彼女の姿が見えた。
 人気の少ない塀の上に、白シャツをなびかせ太陽の光がまぶしく反射していた。それがまるで羽のように見え、その姿はまさしく真夏の女神だった。ぼうっと見つめてしまったが、慌てて我にかえる。
 駆け寄るとなんと香織はアイスを舐め、ゆったりとした動作で神童を見つけ思わず苦笑した。
「……っは、……はぁ……樹越!!」
「やぁやぁ〜。」
 優雅に手を振るその姿に神童は若干顔をしかめる。
「こ、こんな遠くまで、なに、してんだ!」
「え〜……とぉ……。」
 首をかしげながらアイスをひと舐め。
「ん〜神童が来るのかなぁって思ってた?」
 いたずらな顔に何故疑問系なんだ、解答になっていないとさらにその綺麗な顔にしわが寄ったが、
 ちょっと待って
 わけがわからない
「…どうゆうことだ?」
 なんで俺が来ると思っていたんだ?
 聞いてもまるで聞こえなかったかのように塀から飛び降り神童が来た道に歩き出した。
「待て樹越どうゆう意味だそれは?」
 もしかして、
 淡い期待で胸がざわつく。慌てて追いかけながらも問うが返事はなく、代わりに「ん〜……。」とすっとぼけた答えしかもらえなかった。

「……どうでしょう隊長?」
「なんで俺まで、」
「う〜んじれったい!」
「分かっててやってそうな感じがあるな……。」
「作為的〜!」
「やるなぁ樹越。」
「おいふた、」「つまりセンパイはどうゆうことなんだ?」
「知るか。」
「これは双葉にはちょぉっと難易度の高い恋愛例題やんな。」
「可愛い!可愛い!!これだから拓香は。」 「おちつけ。」
「あっ、こっちくる!」
 携帯を隠し、ささっと個々が新聞紙やらサングラスやらをして近付いてきた二人に気付かれないように観光客に紛れる。未だに問い続けるける神童に樹越はうっとうしそうに目を細め遠くを見ていた。するとちらりとこちらにこちらを見た……気がするが立ち止まらずそのまま歩いていった。
「……っぶねぇ……。」
「なにこの試合より高い緊張の高さ。」
「ねえ香織にバレてない? バレてっぽくない?」
「とりあえず携帯切ろっか。」
 緋月が急いで通話中だった電話を切った。何故この尾行組に会話が知らされているかというと、神童のポケットの中に入っている携帯と通話中にさせ――まあ誰が神童の携帯に応答させ且つ気付かれないように身に付けさせたかはさておき――聞いて(盗聴して)いたのだ。
 そのまま海の家に帰ると皆が皆大袈裟に肩を上下にあげいかにも“全力で探してました”という感じを装う。
「ぜぇはぁ、」
「よかったぁ……!」
「あはぁ〜、ごめんね?」
「ぜぇ、いえそんな、はぁ……。」
「センパイさっきの」「双葉、さっき剣城があっちで呼んでたよ?」
「え、なんで、」「双葉?」「ハイ」
 急いで剣城にアイコンタクトを取り、このまま尾行をばらしてしまいそうな双葉を向かわせた。ちらりと双葉を見たら、丁度剣城から手刀が下っていた。
 うしろの騒ぎはほったらかしとりあえず香織にアイスを渡す。もう溶けかかってはいたがカップだったためこぼれる事はない。
 アイス二つ目かぁなんて思いながら香織もそれを受け取った。
 香織だって体型を気にすることもあれば、恋だって気にすることもある。神童が自分を気にかけてくれてることは知っていたし嬉しかった。けどやはり告白というのは男の子からしてきてもらいたいもの。
 この残り時間に発展すればいいかなぁなんて呑気に思いつつ、甘ったるい溶けたアイスを口に含んだ。


:::


 アイスのあと、少し時間を明け昼ご飯を迎えた。遊び疲れた部員が大半を占める中、未だ元気な一年。香織はそんな部員が各々の席に着いた途端部員の頭をはたく。
「手洗いうがいが先でしょ〜!!」
 はぁ〜い、と肩を下げる部員に「ほらご飯冷めるよ〜!」手を叩き外にある蛇口場に向かわせる。この一連を見ていた2年生と先生は「1年の扱いが上手いな」と香織の株を上げた。
 全員手洗いうがいを終えたことを確認してからマネージャー陣の手も借りながらそれぞれの机に大皿の焼きそばを置いてく。
「焼きそばだ〜!!」
「え、これ四人前か?」
「紅生姜全部貰っていい?」
「は?」
「はいは〜い!自分の分は自分で決めること〜。ただし班で協力してこれ全部食べきってね!」
「全部!?」
「剣城!どっちが多く食べるか勝負な!」
「くだらん。」
「私達は別々だけど大盛り……。」
「やばいな……。」
「文句あるなら食べなくて良〜し!!いただきま〜す!」
「いただきます!」
 アイスを食べたとはいえ余程お腹が空いたのだろう、皆なんだかんだ食べていた。1部の女子を除いて。
 しばらくしてあるテーブルから頭を抱える人達が出てきた。
「私もうお腹いっぱい……。」
「私もちょっとキツいかな……。」
「えぇしっかり食べないと倒れるよ〜?」
「か、香織ちゃぁぁん……。」
 マネージャーの5人は香織に助けを求めた。
「なら俺が食おうか?」
 と真有の皿を取り上げたのは霧野だった。
「え!?いいの!?」
「おう、思っていたより腹が空いてたらしくてな」
「あ、ありがと〜!!」
 香織もちょっと感心したが霧野の額に流れた一筋の汗を見て結構ギリギリなんだなと悟った。しかし他の女子にそんな姿に気付かれないよう格好良く真有の皿に箸をつける姿はスパダリ感溢れていた。あれこれもしかして間接……? なんてドギマギしている真有を横目に香織はチラリとちゃっかり横に座っていた神童を盗み見る。真面目さ故に頑張って平らげようと必死で思わずため息が出た。そこでようやく神童と目が合った。
「大丈夫だ、これぐらいの量なら……いけるぞ!」
 育ちの良い神童はきちんと手で隠しながら意気込まれたが、そうゆうことではない。
「違うよもう〜。どう美味しい?」
 苦笑気味に聞くと首が取れるのではないかと思う程頷く。
「あぁ美味しいぞ!」
「ホント?良かった〜、それ手作りだったから。」
「ふご!?」
 突然の香織からの爆弾により神童は椅子を大きく動かし喉に焼きそばをつまらせた。
「大丈夫か神童!」
「水を飲め神童!」
「深呼吸だ神童!」
「え、なにごと……。」
 すると突然周りからあれよこれよと渡され、勢いよく水をがぶ飲みし息を整えた。そして
「とても美味しいぞ。」
「2度も言わんくて良いわ。」
 そうゆうことではないと額にデコピンを食らわし、食事を再開した。
 大皿にのった焼きそばはなんだかんだ食べ終え、再び元気を取り戻した部員達はまた海へと戻って行った。叔母にもせっかく水着に着替えたんだからとの言葉もありスロースターターな香織はようやく袖をまくった。と言っても今更入る気は起きない。もう彼らのあのはしゃぎっぷりを見ているだけで充分だった。
 虹色のパラソルが花畑のように咲き、お客さんも活気づき始めた。その中でもゆるくカーブのかかった髪を慣れた手つきでポニーテールにまとめる香織は特別綺麗とゆうわけではなかったが少しばかり際立っていた。
 音楽室からの木漏れ日にあたる姿も良いが、真夏の太陽の光の下も良いななんて考えてしまう。
「香織早く早く〜!」
「もう〜ちょっと待っててよ〜」
 その声にハッとして顔を大きく左右に振って、神童も霧野たちと合流した。



「タンマタンマ!! 私ちょっと休む〜……」
 滅多にない海のせいかそれともただ遊びだからか、部員たちははしゃぎ放題だった。さすがの香織も常に鍛えている運動部の体力にはついていけず近くのパラソルの中に避難した。
「大丈夫か?」
パラソルの影の中に座ると先客の……もとい貧弱の神童がむくりと起き出した。
「そっちこそ運動部なんだから彼らについていかなきゃでしょ〜『キャプテン』」
「遊びは別腹みたいな体力してるからな……。それに俺はもうキャプテンでは無いよ」
「そうなの〜?」
 うちわを扇ぎあまり深くは追求しない香織にジワジワと鼓動が大きくなる。30pもない隣に樹越がいる。自分が今相当やばい事を考えている煩悩に出て行けと頭を振る。違う事を考えようとふと視線をやると、ポニーテールにした事で見えるうなじに、白い肌の中に小さくポツリと黒子を見つけてしまいまた急に恥ずかしくなりそっぽ向いた。
 一方的に感じる気まずさに耐え切れず
「そういえば初めてだな!ふた……なんかちゃんと話すのは!」
 と話しかけてみるが上ずり、しまいには2人きりで、などと自分にはあまりにハードルが高すぎる言葉まで出かかった。
 小学校高学年からの付き合いらしいが、実は今年になるまで、1度もクラスを同じにした事は無かった。ずっと遠目から“いつも何かに追われている”、“騒がしい奴”、“話すことも無さそう”とそう思っていた存在だった。それが、あの日初めて彼女の声を聞いてからそのいつもと違う雰囲気に魅力され声の温かさから懐かしいとすら思えてしまった。
 それから彼女と話すのは音楽室だけで、いつも誰かと話していたりいつの間にか居なくなっていたり話すきっかけが掴めずにいた。
「……やっぱ神童は覚えてないんだ。」
 と仰いでいた手を止め少し眉毛を下げ彼女はため息混じりに言った。
 覚えていない?
「だって俺達が一緒のクラスになれたのは今年が初めてなんだろう?」
「……そうじゃなくて。」
 目を細めこちらを見る香織。その表情はなんとも形容し難かった。
「随分昔……そうだねぇ、あれは小学校入ったあとだったかな〜?」
 ふっとそれもすぐに崩し香織は少し離れたところでビーチバレーをする部員に手を振った。それに気付いた双葉が手を振り返してくれたが、運が悪く剣城のスパイクを脇腹で受け止めてしまい「んだとこのやろう!」とまたぎゃいぎゃい騒ぎ出してしまい、「あちゃぁ〜。」と苦笑しながらまたうちわを仰ぎ出した。
「……年に1回のピアノの発表会に出ずに初めてのコンクールに出たの。その時だった。初めてだよ、音楽で魅入ったのは。」
「樹越……?」
「同い年とは思えない技術、やりこみ具合、表現方法。……私だって当時はそこらの同年代とは違うって自信があったんだよ〜!? それがも〜その日に一気に崩れて、私はこの人を超えられないって幼い心ながらに理解した。それと同時にすごく魅力された。
 発表会が終わって神童の弾いてた曲を口ずさみながら自販機で飲み物買ってたらいきなり後ろでぞろぞろ黒い集団がやってきたもんだから何なのかと思ったら中心に神童が居て、『あ、コイツ金持ちか。』って思った。そりゃあやりこまされてんだろうな〜って思った瞬間、いきなりこっちに来てなんて言ったか……覚えてる?」
 小学校低学年、コンクール、クリーム色の髪の毛。心に何かが大きくのしかかり、浜辺の騒音が思考の邪魔をする。
 その時はたしか3度目の金賞で少し退屈さを感じてた時だった。帰り支度はぜんぶ周りの人がやってくれたからする事も無く館内を歩いてた。映画とかにも使われてるらしくそこそこゴージャスな内装だったけど『俺ん家程でもないな。』なんてクソ生意気な事考えて。
 そしたらスッと頭の中にその年の課題曲が聴こえて、振り向いたら1人の女の子が楽しそうに口ずさんでいた。きらびやかな背景にクルクルと楽しそうに歌うその声があまりに透き通っていて、心に響くもんだから思わず駆け寄って――。
 香織の方を向くと懐かしそうに微笑んで、口を開いた。
「『もの凄く好きな声だ』」
「なん……て……。」
 あはっと呆れるようにあの時の台詞を口にしたら自分の声じゃないのも聴こえた。ハッとして横を見るとすぐ目の前に目を見開いた神童の顔があった。
「うぎゃあ!?」
 香織はそれに驚いて頭から後ろに倒れた。
「お、おい大丈夫か!?」
 慌てて神童が香織の顔を覗きこむが
「あの、大丈夫……大丈夫なのでっ……あの、今の現状の方が、図式的に、そのっ、よろしくないっていいますか、大丈夫じゃない、というか……」
 お互い座っていた状態からの出来事だったため、香織は真っ赤な顔を目の前の神童から避けるように横に向き、神童は左手を顔の真横に就いて香織に馬乗りするような感じになっていた。押しのけようにも思った以上にチカラが入らず、ただでさえ男子の胸に手を当てているっていう事が恥ずかしいのにこの現状はさらに羞恥心を駆り立てるものだった。
 ようやく神童も香織が言いたい事が分かり、そして理解し、
「うわぁごめっ……痛っ!」
 神童も慌てて退くものの勢いがありすぎて監督達が持ってきていたクーラーボックスに頭をぶつけた。
「…………何やってんだ彼処。」
 香織の叫び声が聞こえ何事かと思えば2人とも倒れてるし、神童に限っては自業自得というか馬鹿らしいというかただの馬鹿というか……。
「いやぁ〜確実に何か進展は合ったらしいですね隊長!」
「だなぁ〜。」
「もしかしたら、もしかするかも!?」
「なに話してたんだろ〜〜!」
 部員(主に2年生)は彼らの進展にただただ心を躍らせるばかりだった。



 スイカ割り、ビーチバレー、砂のお城…海で遊ぶ事を順に網羅していくと時間はすっかり流れていくもので、他の客もぼちぼち人が居なくなり始める夕時。
 カンカンに晴れていた空もオレンジ色に染まり波は穏やかに揺れていた。
 香織はテントの片付けなんて事はした事が無いので手伝えるわけもなく1人波とじゃれていた。
 あの時はあまりに驚きすぎて逃げてしまったが、香織にとってあの言葉は衝撃的で、それをきっかけにピアノをバッサリと辞め、声楽の道に進む事になったのだ。いつかあの男の子のピアノに乗せて歌えたら、それはなんて素敵な事なんだろうと思いながら。
父の転勤をきっかけに稲妻町に引っ越して、地元の小学校に入ったあと廊下で彼の姿を見つけた時は運命すら感じた。それなのに向こうは全然こちらの事を忘れているようだし1人はしゃいでたのがあまりに馬鹿らしくて運が無かったんだろう、そう思っていたのに。
今になってその本人に音楽室で弾き語りを聞かれ、終いには「これからも聞きに来て良いか?」なんて言われるなんて。
 神様のイタズラにしてはちょーーっと悪質、かなぁ〜?
「ふっふっふっ……。」
 力無く笑いがこぼれた。
「なーんだ、おぼえてたのかよ〜……もう……恥ずかしいなぁ……。」
 神童の馬鹿。バカバカ。
「で、俺の何が『馬鹿』だって?」
「ゲッ。」
 後ろから眉をひそめやってきた神童に香織は口をへ文字にした。
「本っ当こうゆうタイミング悪いのどうにかしたら〜?」
 人が噂してる時に限って現れるこのばかめ。
「は?」
「なーんでも無いでーーす。」
 腕組みしてそっぽ向く。思い通りになってやるもんか、いつもそう思うのに、何故かいつの間にかペースを持っていかれてしまう。
「花火の準備をするって。」
「私、別にサッカー部じゃないもーん。」
「お前は何に拗ねているんだ……。」
「……なんでもないよ。」
 むっとして俯く。こんなこと、言えるわけない。
「俺があの日を忘れていたのがそんなにショックだったのか?」
 カッとなって神童に向き合うと辛そうに眉毛を下げていた。
「違うよ! 違う、違うもん……。」
 そんな顔されたら何も言い返せないじゃないか。
「……忘れててごめんな。」
「……ばか神童め。」
 泣き出しそうになる。深呼吸してチラリと神童の向こう側を見ると……あぁやっぱり霧野達がガッツリこちらを見ていた。少しは隠しなさいよ……。
「ふっ……あ〜〜あ、こんな夏休み初めてだよ〜、まったくもぉ。」
 日が沈めば消えちゃう砂のお城にまだ終わって欲しくないと願う。
「来年も、また皆で来てね。」
 夕日に照らされた神童の顔は相変わらず憎たらしい程かっこよくて。
 香織の影がそう呟く。
 神童もそれに同調しようとしたが
『神童、あそこに香織が居るだろ?そして夕日に照らされた浜辺と来た。良いか神童、人気の少ない浜辺はロマンチックで女の好きなシチュエーションベスト5にランクインしているんだ。言いたい事は分かるな?』
 唯一胸の中を打ち明けた霧野に言われた言葉を思い出しハッとした。
「……神童?」
 怪訝そうな香織の声に気付かずに神童は脳内でもう何回目かも分からない緊急会議を開いた。
 なぁ待てよ神童!
 違うだろ神童!
 そうじゃないだろ神童!
 どうした神童!?
 霧野がせっかく背中を押してくれた(?)のに!
 意気地な神童!
 ……会議を開くまでもなく満場一致だった。よし。
 行け!今だ俺!!
 波打ち際に立つ香織に神童は駆け寄り、その小さな手を掴み引き寄せた。
 驚いた香織の目をしっかり見て、今度こそ誤魔化さずに言うんだ。

「君がだいしゅいだ!!」
「え?なんて?」

 噛んだーーーーー!? 張り切りすぎてこちらまで届いたその声はあまりに情けなく、見守っていた霧野達は総出で膝から崩れ落ちた。
 神童も流石にこの状況(この心情)は覆せず、「いや……忘れてくれ……。」と香織の手を離した瞬間
「もっかい、もっかいだけ聞かせて……!」
 パシッと香織に腕を掴まれ今度は神童の方が驚いた。だが、それも香織の夕焼けのせいではない顔の赤さに神童はようやく気付いた。
「さ、最初からやり直す? 良いよ何度でも馬鹿って言ってあげる!」
「いや流石にそれは……。」
「え? そう?」
 深く息を吐き、吸い込みもう一度香織に向き直した。
「……俺もあの時に出会うまでピアノがめんどくさく思う事が多くなってた。でも樹越の声を聞いて、いつか俺の最高の演奏にその歌声を乗せれたらなって思ってた。それで今まで以上にピアノを頑張ろうって思えたのに……、なんでこんな大切な事忘れてたんだろうな。」
「……それは神童が馬鹿だからじゃない?」
「……樹越の言う通りだな。」
「!」
「ごめんな樹越。ずっと待っててくれてたんだな。」
「……約束も何にもして無いけどね。」
「それでもこうしてまた出逢えた。」
「……どこでそんな恥ずかしい台詞覚えてきたのさ。」
 照れくさそうに眉を下げ両手で顔を隠した。息を吐き手をどかし目だけを除かせると少し潤んだ目に耳まで真っ赤な香織の顔がそこにあった。その姿が愛らしくて。
「貴女が好きです。交際前提に結婚しよう」
 真剣に言ったつもりなのに樹越は2度瞬きすると急にしゃがみこんだ。
「どうした、たつ、」「……ぷっはーー!! もう無理好き……。」
 笑いを隠しきれず笑う香織に神童は『あれ、イメージと違うぞ……??』と戸惑うばかりだった。もっとこう……『うん……!』みたいな反応が……。
「さすが神童だよ〜!ぷふ……自分がなんて言ったか分かってない〜?」
「……?」
「『交際前提に結婚しよう』って……ふふっ……付き合ってくださいって言えば良いだけなのに交際って……しかもなんで先に結婚……あはっ……私ら結婚出来る歳にすらなれてないのに、あははは!」
 そこまで言われてようやく自分の間違いに気付きこちらもまた恥ずかしさで跪いた。
「ふふっ……こんな馬鹿みたいな話、世界中探したって無いよ……あはははは。」
「……馬鹿馬鹿ってさっきから素直に聞いてれば、お前馬鹿しか言ってないぞ。」
「だって、ねえ〜?……ふふふふふ。」
 笑いのせいで目に浮かんだ涙を拭けば次の瞬間すぐ目の前に神童の顔がそこにあった。手首をつかまれ、右頬に砂の感触と大きな手。触れる唇。
「…………塩辛い。」
「…………そりゃ、ここは海ですから。」
 ふむと顎に手を当て「部員にキスは甘酸っぱいもんだって聞いていたが……やはりイメージとは異なるな。」なんて真顔で呟かれる。
「……キスの感想がそれって女の子に幻滅されるよ……?」
「幻滅した?」
「…………。」
「よいしょ。」
「おう!?」
 放心していると突然手を引っ張られ無理やり立ち上げさせられた。
「ほら、花火やるって言っただろ?」
「え、あ、うん……そう、ね。」
「1年に全部使われたらせっかくの花火が勿体ないだろ。」
 そのまま手を繋がれたままサッカー部のとこに歩いていく神童。
「え、ええええええ!?!?」
 なんで!? なんで告白はダメなのにキスはいけるわけ!? 何気にファーストキッスだったのに! てかイメージってなんだ!? もしやコイツずっと考えっ……!?
「ひっ……こ、こんのむっつりスケベ! ポンコツ神童!!」
「……。」
「ちょっ、離して……!」
「……。」
「神童!」
「……。」
「……もしかして馬鹿みたいな話って言ったの根に持ってる……?」
「……。」
「イテ、イテテ、ごめんって〜。ねぇ神童〜!!」
「おー、おかえり神童〜。あれ?なんでお前キレてんの?」
「怒ってない。」
「かっおり〜〜ん!どうだったぁ?」
「いやぁなかなかおもしろ……ちょっホントに!神童ごめんって!いい加減周りの目線が痛いから離してってぇ〜〜!」
 ニヤつきが全く隠しきれてない部員に囲まれ結局花火大会は神童の気が済むまでそのままだったとか。

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