文学少女に夢見るな
 私立雷門中学校には七不思議が存在した。その一つにはこんなのがある。昼休みの中庭に噴水の頭上から聞こえる不思議な歌声。その歌声が聞こえる時は──。



 遅く咲いた桜の木もすっかり衣替えし暑さが増し始めた、ある昼休みの出来事だった。
「樹越!」
「あっははは〜!」
 雷門中に給食という制度は無く、生徒はみなお弁当か無駄に広い購買でご飯を買っている。授業終了のチャイムと同時に殺到する購買に人が減ってきた頃、クリーム色の大きなおさげを揺らす女子生徒による出来事に今度は廊下が一気に賑やかになった。しかし皆ざわつくどころかところどころで「あぁまたやってるよ。」という言葉すら聞こえてくる。しまいには
「おー樹越、今度はなにやらかしたんだ〜?」
「香織ちゃん、がんばー。」
「今度は先生じゃないんだー?」
 とわざわざ教室の窓から顔を出して野次すら飛ばしている。しかも女子生徒は追っ手から逃げながらも「えへへ〜ありがとう〜♪」と余裕げにその野次に笑顔を振りまいている。
「待て、こんの……、オイ樹越ィ!」
「ワッハッハ〜! この香織様に勝とうなんざ10年早いぞこわっぱめ〜!」
「同い年だろうが!」
「ありゃりゃ、今回は結構粘ってくるなぁ。」
 涼しげに肩をすくめるその様子に全く反省の色が見えない。その様子がより男子生徒に火を付けた。
「テメェ、俺が母ちゃんの卵焼きが好物なの、分かってて食っただろ!」
「え〜ん、ごめんって〜! だっていつも美味しそうに自慢されたら食べてみたくなっちゃうじゃん〜!」
「母ちゃんの卵焼きはレアなんだよ!」
 想像以上にくだらない内容で校内で追いかけっこをする二人に周りは笑いに包まれた。
「誰か、そいつ捕まえてくれ!」
 と男子生徒は叫ぶものの、廊下に居た生徒は皆道を開けていくばかりだった。
「樹越ィ!」
 もはや本当の鬼のようにも聞こえ始めた声に肩を竦め、ひょいっと角を曲がるとちょうどそこに居た生徒とぶつかりそうになり、直前で踏ん張る。
「あわわ、ごめんなさ……って真有と緋月!」
 ぶつかりかけたのはなんとサッカー部マネージャの仲良しコンビだった。
「丁度いいところに! 匿って!」
「へ?」
「背中に居させるだけでいいから!」
「あ、まぁた誰かにイタズラしたんでしょ?」
「へへ、ご名答! でもちょ〜っとだけなんだよ〜?」
「どうだか……。」
 呆れた緋月に真有も苦笑を零し、それを了承ととったのか二人を壁のようにして身を潜めたその時。
「樹越! ……くっそどこいきやがった、今日こそ成敗してやる!」
 と追いかけていた男子生徒はそのまま角を曲がっていき、階段を下っていった。
「ほえ〜、助かったぁ……。ありがとねお二人さん♪」
 ポンポンと服に付いた誇りを払い落としながらお礼を述べた。真有は相変わらずだなぁと目の前の女子生徒を見やる。
 樹越香織。二学年で真有達とは今年度初めて同クラスになったムードメーカー的な存在である。見た目は典型的な文学少女のように長いお下げに垂れ目、服装もベストのサイズは少々大きいが、それでもきっちり着こなしている。動作の端々には育ちの良さすら感じさせる。見た目だけで見れば『おとなしそうな子』という印象が最も似合う。しかしその性格は悪戯好きで、よく先生、生徒見境無くちょっかいを出してはこうして飽きずに毎日廊下を走り回っている。この騒動は前からだったらしく、学校中で彼女を知らない人は居ないといっても過言では無かった。口調もゆったりしている割にはハキハキと物事を言い、仕草や見た目とのギャップが凄まじいと話題にもなっている。元とはいえ新聞部としてぜひとも彼女の一日に密着して一つ儲けを出したいところだが、この通り見た目に合わない運動神経と悪運のせいで、あの緋月でさえいつも途中で見失ってしまうのであった。
「……で、今回は何をしたわけ?」
「うん? えっとね〜、アイツのお弁当にたまに入ってるお母さんの手作りの卵焼きが好物ならしくってさぁ。いっつも自慢げにしてくるから、ちょ〜っと気になってお弁当から拝借して、ついでに『とても美味しかったです。とお母さんにお伝えください。』って匿名で手紙を入れたらバレちゃってさぁ〜。なんでバレたかな〜?」
「そんなご丁寧に、しかも勝手に食べるのが香織しか居ないからでは……。」
「えぇ? お礼を言うのは大切だよ?」
「そうじゃなくて……。」
 話しているとなんだかこっちの頭が痛くなってくるぐらいの本当にくだらない内容だった。
「んじゃ私はまたアイツに捕まらないようにご飯食べなくちゃ〜。」
「あれ? まだ食べて無かったんだ?」
「チャイム早々に追いかけてくるんだもん。だからこれから購買に行くところ。」
「菓子パン以外にあるといいね。」
「ほ〜んと、全く私の至福の時間が……。」
「自業自得って言葉を贈るね?」
 こめかみを押さえる緋月達に別れを言って香織は購買のある一階へと向かった。その姿を見送ってから真有は屋上に向かいながらふと首を傾げた。
「そういや私、昼休み後半の香織の姿って見たことが無いんだよねぇ……。」

 一階に着いて、購買とは真逆の方向に行き、裏口に辿り着く。 
 香織には誰にも言っていない秘密があった。それは昼休みに音楽室で一人、歌を歌っている事だった。もともと合唱団に入っていた経験のある香織は歌が上手く、声楽部から声をかけられているのだが頑なに帰宅部を貫き通している。それでも歌うことは好きな香織は音楽室の管理人である先生にこっそり頼み込み、音楽室の鍵を貸して貰っている。そうして毎日他の生徒にはバレないようにこうして色んな道じゃ無い道を通り音楽室へ入っている。過去に何度か尾行されていたが最近はそんなことも無いため、普通に行けばいいのだが、念には念をと言うことで。そんなことで今日もまた窓から音楽室に面している廊下の窓から入る。前後左右を確認してから音楽室の鍵を開ける。
 オレンジ色のカーテンを全部閉めお昼の放送を切り、髪をほどく。さらさらとうねる髪はそのまま膝丈のスカートをすっぽりと隠すほど長くなる。その姿はまるで別人のようだった。そこまでしている理由は秘密……なんてそれこそ大した理由は無く、ただバレたら恥ずかしいからという年相応のちょっとした理由である。
 ピアノの浅く腰を下ろし、少し埃がついた鍵盤の蓋をあける。ペダルの位置、椅子の高さを調節し大きくのびをしたあと、そっとピアノに手を添え、少しだけ手をあげたあと鍵盤を押した。

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