その時にはもう一度


※クリスマスSS企画「プレゼントは突然なものだろう?」の続き
 (もはやクリスマス関係無い)


 前夜祭のイヴが終わり、今日から冬休みに入る学生が増えた事でパブリックヴューイングの備わったこの広場は様々な層の人々で賑わっていた。大きなスクリーンは常にLINK VRAINSで行われているデュエルを耐えずに生中継。注目度も高いこの日はこぞって歴戦の決闘者が腕前を披露しているからデュエルのレベルも高い。
 昨日は夜の営業をパーティに費やしたため、今日は挽回するぞと朝から気合いを入れていたが、例年よりも早い回転に草薙は嬉しい悲鳴を上げた。これは2人に手伝わせて正解だった。
 ようやく一息付けたのは午後の2時。食べ物をひたすら目の前で作っているせいでいつ自分のお腹がなるかと内心焦っていたが、どうにか堪えきれた。偉いぞ自分の腹。シャッターを下ろし、『次の営業は午後5時から』と書かれた紙を張ってトレーラーに戻る。
《前半戦、お疲れ様でした。》
「……おつかれ。」
 車内ではすでに2人が休んでいた。体力があるくせに遊作は机に突っ伏していたが。
「悪いな、例年お客さんが増えてきていて、今年はさすがに1人じゃキツいって思ってな。」
《お手伝いできて良かったです。》
 遊作はレジ当番、無名は注文の整理。こだわりがあるので料理当番は自分。正直すごく助かった。特に遊作と無名の連携は初めてとは思えないほどスムーズに進み、というか進みすぎて戸惑ったのはまさかの自分である。
「夜の分まで使っちゃったから買い足しに言ってくるな。お留守番、頼んだ。」
「……わかった。」
 もはや顔を上げずに答える遊作に苦笑しながらトレーラーから出た。

 さてこの2人、どちらも口数が少ない方である。
《お疲れ様です、遊作さん。》
「……あぁ。」
 という会話をした以降、訪れるのは静寂。Aiはうるさいという理由で自宅に置いてきたのでそこで会話が途切れる。流石にクリスマスにハノイの騎士は訪れないだろうと踏んでのことだが、本当に現れるような予兆が無い。稼ぎ時の今日に限ってはとても有り難い(草薙が)。
 突っ伏したまま、疲労感たっぷりの今こそ寝てやろうと思うのに何故か眠気は来ない。思い出すのは……なんだかんだ楽しかった昨晩のパーティだ。
《昨晩はどうでしたか?》
 まるで心でも読んだかのタイミングだ。遊作は腕を枕にして画面を見る。
 パソコンに備え付けられているカメラで遊作を認識しているせいで、屈んで遊作に目線を合わせているようで微妙にずれているそれを見ながら記憶を巡らす。
《……私はとても楽しかったです。記憶が無いからそう感じるだけかもしれませんが、何もかも眩しくて見えて心が弾みました。》
 声音まで楽しかったと語る姿に目を細める。
「そうか。」
 多分今までで一番無名の目が見開いた。そして自分自身、驚いて口を塞いだ。
 なんだ今の声。穏やかすぎて自分がぞわっとした。
《……遊作さんも楽しかったんですね。》
「…………少しは。」
 なんだかそのまま素直に肯定するのは癪に障りそっぽ向く。
《何よりです。》
 チラリと目線を上げれば彼女もまた穏やかな顔をしていた。少しずつ、少しずつきっと本来の性格だろう欠片が嵌まっていく。
 最近思うのは彼女の本来の姿だった。事件に巻き込まれるまえはどんな奴だったのだろうと。そればかりが頭に浮かぶ。今まで他人に興味なんかわかなかった自分が。まるで彼女の欠片探しをしているつもりが、自分の欠片も見付けられている気分だ。
 コツンと画面を弾いてやれば《わっ。》と声が上がる。そしてパッと目を覆った。
《な、なにするんですか……!》
「気分だ。」
 指の感覚を空け目を覗かせて聞いた無名に正直に答えた。
《理不尽すぎます……。》
「言うようになったな。」
 トントンとさらに叩いてやればウッと顔を覆った。
《やめ、やめてください。パソコンのカメラと同期しているので視界の揺れがすごくダメージになります。気分が悪くなりそうです……。》
「へえ、電子体でも酔うっていう感覚があるのか。」
《ば、馬鹿にしてますね? 遊作さんもLINK VRAINSに行った時に車や船に乗ればこの気持ちが分かります。》
「生憎乗り物酔いはしない質でな。例えする質でもそんな物には乗らない。」
《くっ……!》
 身体を丸め帽子を深く被った無名に少しやりすぎたかと手を下ろす。しばらくその状態になっていたが、恐る恐ると言った具合に顔を上げるとすごく膨れていた。あ、表情が変わったなんて他人行儀に思ったら
《流石に遊作さんでも怒ります!》
 と初めて怒りを見せた。……でも正直怖くない。なんだろう、この感じ。年の離れた年下に『ばか!』みたいな感じで怒られている気分。
「悪かった。」
 すんなりと出てきた謝罪に対して相変わらず身体を丸めたまま、けれど何故か目線と一緒に身体も浮遊しだした。何がしたいのか分からず眉を潜める。
《……ゆ…………。》
「ゆ?」
 今日の無名はよく表情が変わる。というか何故画面の中で揺蕩う?
《ゆ……ゆ、許さない……って言ったら、どうしてくれますか?》
 フラッとその体勢のまま遊作側にやってきて、絞り出した言葉がそれだった。「は?」と顔を上げれば目を反らされた。
「どうって……、お前はどうしてほしいんだ。」
《な、なんでもないです。少し意地悪をしてみただけです。》
「良いから言ってみろ。」
《何も無いです。》
「嘘つくな。それを言う奴は大抵なにか企んでるんだ。」
《何もありません。》
「無名。」
 パソコンの画面を掴みカメラを睨み付ける。《うっ。》と声を漏らした。無名に取ってみれば真っ正面から睨み付けられているように見えるはずだ。思惑通り帽子を押さえつけて目線が言ったり来たり。そうしても見える物は変わらないだろうに。するとようやく観念したようで帽子を押さえつけたまま途切れ途切れにしゃべり出す。
《……ほ、本当に何も無いんです。……ただ、これを言ったら、その、遊作さんは……どうするのだろう、と……。》
「……。」
《ごめんなさい……。》
「……本当に何も無いのか?」
《え?》
 無名が何か求める事は珍しかった。だから自分に何かしてほしい事があるのかと、……少し期待していたのに。
「……ならそこから出てきた時までに考えてろ。」
《え、えぇ……? なんでそんなやる気を出しているんですか……。》
「悪いか。」
《そ、う言われましても……判断しかねます。》
「お前はいつもそう言って逃げるな。たまには考えろ。」
《う……。ん、んん……?》
 すぐに考えを放棄するところは悪いところだが、根は真面目な無名は遊作の言葉通り考えに耽り、首を傾げて唸った。……まぁこれは遊作の気持ちの問題だ。分かる時は遊作の気持ちが分かったいう事と同じなわけで。
 きっと無名にはいくら考えても分からないだろう、と意地悪に笑ってみる。……分かってたまるか、こんな感情。
「今回のプレゼントはこの宿題にしてやる。」
《えっ。》
 ギョッとして無名が顔を上げる。
《宿題がプレゼントなんて意地が悪いです。》
「さっき無名だってしただろう、意地悪を。」
《あ、あれは……。》
 理不尽だと分かっていながら切り返せば口を噤んでしまった。無表情で分かりにくいなんて思っていたが、話せば話すほど墓穴を掘るタイプらしい。
《き、昨日プレゼントは“ここ”を出たら、とおっしゃっていたじゃないですか。》
「あれは約束だ。これは贈り物。違うだろ。」
《お、横暴です……! ……訴えますよ。》
「……へぇ、誰に?」
《草薙さん……とか。》
 目を反らしながらアガイドがそう言った瞬間、カチン、と頭の中で何かが鳴った。気分が急降下していく。
「無名。」
《はい?》
 手を伸ばしてパソコンのカメラを隠す。
《え、遊作さん? 何も見えないんですけど……?》
 身体を伸ばして辺りを見渡す。
「ジッとしろ。」
《は、はい。》
 思っていた以上に低めに出た声に無名の背筋が伸びた。腕の無い手が前で左手の人差し指を弄る。きっと何かの癖なのだろうけど今はそんな事はどうでもいい。
「ついでに目も閉じろ。」
《すでに何も見えないんですが、》
「早く。」
《はい。》
 目を閉じたのを確認してカメラを隠した腕を曲げる。そしてそのまま画面に近付いて静かに口を付けた。
 あぁ、こんなにも近くにいるのに何故こんなにも距離を感じるのだろう。目の前に居るというのに目線が交わることは決してない。
 表情を変えた無名の顔は苦手だ。全部。どんな表情でも。無表情でいてくれた方がずっと良い。自分をコントロール出来なくなってしまうから。それなのに新しい表情を見付ける度に満たされるような気になって、こんなにも欲しいと願う。なあ、これはなんて言う? 言い当ててみろ。それが宿題の答えだ。
《なに、してるんですか?》
 ゆっくりと離れ無名を見る。まだ目は閉じたままだ。
「何してると思う?」
《……宿題の追加、ですか。》
 きゅっと眉間に力の入った無名の顔を見て自然と口角が上がった。
「いいや、しない。あの1問だけだ。」
《……わかりました。》
 手を離し椅子にもたれ掛かり横目に無名を見る。頭の中は疑問で一杯だろうに、未だ大人しく遊作の言うとおり目を閉じてジッとしている。全く、聞き分けの良い生徒なのか悪いのか。
「もういい。」
 そう言ってやればゆっくりと目を開けた。初めて出会ったあの瞬間のように。あの時と今の気持ちはまるで違うが。
《特に変わった様子も無いですし、本当になにしていたんですか?》
 辺りを見渡して傾げるその姿に鼻で笑った。
「宿題の答えが当たっていたら教えてやる。」


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