高校二年生
即決、君は有罪
 鳥羽、と声をかけられ霞は振り向いた。予想通り自分を呼んだのは銀髪のサイドの髪だけ長い彼女だった。ピンク色のパーカーに身を包み、ポケットに手を入れたまま独特の軽い足取りはもうすっかり見慣れているはずなのだが、午宇の顔を見た瞬間に全身が凍りついた。
「……は、白鷺、なんだその、」
「以前の鳥羽が取材を受けた記事をたまたま見てな。眼鏡が好きだったのか?」
 そう言って彼女は赤みの強いオレンジ色の眼鏡を慣れない手つきで上げた。正直めちゃくちゃ似合う。切れ長な目を飾るようなスクウェアを付けた午宇は綺麗より格好良いがまさに妥当で、ふわりと微笑まれれば心臓に矢が刺さった。苦しくなる胸を抑え、思わず唸る。
「変装とオシャレアイテムのひとつとして伊達眼鏡は持っているんだ。鳥羽の望むなら時折掛けてきてもいいぞ?」
 目の前までやってきた午宇は悪戯笑みを浮かべ霞にそう提案した。なんだ、どうゆう意味だ? 聞き間違えじゃなければ午宇が俺の為にその、“お洒落”するって思っていいのか?
 ──フェチはありますか?
 ──眼鏡とか結構好きですね。
 って答えた雑誌のあれだろ? あれ見て眼鏡かけてくれたんだろ?
 滅多にない素直なデレに頬の筋肉がつい緩んでしまう。咄嗟に午宇から目を逸らし、数歩引いた。なんとか生き残ってる理性がそれ以上は駄目だと腕も伸ばして。
「なんだその反応? もしや似合わなかったか……? ……この色、霞の色だから気に入っていたんだけど……。」
「エッ!?」
 今なんて? 俺の? 担当色だから? 気に入ってる!? 俺の色(?)だからその眼鏡を買ったのか!? 変装アイテムとして買った偶然ではなく、俺の色“だから”!?
 しょんぼりと項垂れる午宇に慌てて似合ってる旨を伝えると今度はわかりやすく顔色を明るくした。
「そ、そう? に、似合ってる……と思うのか……?」
「うん! 似合ってる! とても! そ、その色を気に入ってくれたなら何より!」
 焦りすぎてもはや自分が何を言っているのか分からなくなるが、今そんなことはどうでもいい!
「ふふ、そうか。」
 過去最大級と思われるその笑顔を目の前に自身の顔を覆った。そして指の隙間からその笑顔を盗み見た。



「…………んへへ、午宇。」
 ピシャリ、とこの空間全ての空気が凍りついた。授業中に寝ているのは別に構わない。滅多にない寝落ちだからそう大きく成績を下げられるものでは無いだろうが、それで点数落としても自業自得だ。だが、よりによって最も静かな授業トップ3に入る物理の時間に、隣の奴からそんな寝言が聞こえた。しかも若干笑いが含まれる……率直に言うとニヤけた声で。
 なんだ? なに今の。誰?
 静かに、けれどたしかに教室中がざわついていた。寝ている奴は複数人。隣に限った話ではない。けれど周辺に座る生徒はほぼ全員察しただろう。犯人は鳥羽霞だ。
 いや、何かの言葉の切れ端だろう。寝言というものはそうゆうものが多い。人の寝言なんか聞いた事ないから知らないけど。だから別に自分の名前ではないはずだ。決して、断じて……!
 呼ばれた事もないような甘ったるいその声にシャーペンの芯が折れてしまった。落ち着け僕。何かの断片だろう。僕の名前ではない。そうシャーペンをカチカチ鳴らして心を落ち着かせたものの──。
「……かあいいな、午宇。」
 ミシリ、と今度はシャーペンの本体が音を上げた。教室の静かなざわめきを無視して授業を進めていた先生も、さすがにこれには手を止め午宇の方を見た。先生がそちらを見れば当然のごとく他の生徒もこちらを見る。
「……お前ら、そうゆう関係だったの?」
「違います。」
 即答でしたものの、隣の例のヤツからニヤけた笑いが聞こえてしまい、それもまるで意味を成さなくなってしまった。
 教室の全注目を浴び、午宇の顔は恥ずかしさに赤くなる。違うのに。鳥羽とはそんな関係の『こ』文字さえ無いってのに!
「おい、起きろ馬鹿。」
 平静を装い、頭を小突いた。今すぐその薄ら笑いを止めてやろうと起こしにかかるがまるで起きる気配もない。このまま放置すれば嫌な予感しかせず、さすがに焦燥感で霞の肩を掴んだ。
「鳥羽。鳥羽ってば!」
「……んん、なんだよ今更。二人きりの時はいつも『霞』って呼ぶくせに。」
「ハァッ!?」
 目を見開き、思わず大声で反応してしまった。瞬時に「ヒューッ!」と各方面から冷やかしの声が入り、もう授業どころではない。我慢ならず、霞の耳を強く引っ張り、
「起きろ、バカすみ!」
 とその耳に向かって怒鳴ればようやく霞から悲鳴が上がった。
「いってぇ! 鼓膜破れんだろ! 何すんだお前!」
 耳を抑えて午宇に向き合えば、彼女は顔を真っ赤にしてあまつさえ目尻には涙まで浮かべていた。
「それはボクの台詞だ、バカすみ!! 二人の時にいつも下の名前で呼ぶのはアンタだけだろう! ボクを巻き込むな!」
「は、はぁ…………?」
「だいたいそんな声で呼んだこと1度も無いだろう! 何見てんだアンタ!」
「は?」
「……もう……っ、アンタとは一生口聞かない……。」
「は!?」
 顔をおおって机に倒れ込んだ隣の奴に霞の脳内に疑問詞が飛び交う。まるでなんの話しか分からず周りを見るが全員に目を逸らされ、さらに謎が深まる。
 一方「二人きりの時に鳥羽が白鷺の事を名前で呼んでるのは否定しないんだ……。」とか「そんな声はなくても他はあるのか……?」とかというクラスメイトの呟きはかき消されていた。
「白鷺!? おい、なんの話か全く分からないんだけど! 俺がなんかしたか!?」
「……したわ馬鹿……。」
「何を!?」
「うっさい、もう話し掛けるな……。」
「白鷺!」
 机から顔を上げない午宇に、必死に何をしたかと思考を巡らせたがまるで思い当たらない。
「鳥羽、なんの夢見たか覚えてる?」
 霞の後ろに座っている宙がそっと助け舟を出した。
「夢? ……いや、痛みで全部吹き飛んでったから何も覚えてないけど……。」
「これは霞が悪いね。」
「どうしようもねぇな。」
「有罪だね。」
「ドンマイ鳥羽!」
「元気だして欲しいでござる……、午宇どの……。」
「だからなんだよ!」
 クラス中から『鳥羽が悪い』コールを受け、全く身に覚えのない事、しかも内容を一切教えないクラスメイトにさらに混乱を極めた。隣を見ても彼女はこちらに後頭部を向け、一切の会話を拒否している。
 頭を抱える霞に、先生はチョークで黒板に書いた化学式を叩いて「次の授業、お前これ解けよ。」と追い打ちをかけた。

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