高校二年生
灰色と落ちる隕石
 空から少女が降ってきた。
 ──なんて聞こえは良いが、現実はそんなロマンチックなものでは無い。ふわりと柔軟剤の香りがした瞬間、耐えきれない重圧とそして背後の痛み。バサバサと散らばる台本、未だ何が起こったか理解しきれない俺が次に捉えたのはハラりと垂れた銀髪とその間から覗く紫と黄色の複雑な虹彩だった。
「平気か?」
 ……なわけあるか。
 すんなりと入ってくるハスキーボイスがなんとも憎らしい。頭を抱えられたおかげで打ち付ける事は無かったにせよ、漫画の中でしか見たことのなかった展開に思考がついていけない。代わりに過去にない間近での視線の交差がとか、俺の上に座っているにも関わらず予想よりも身体が軽いとか、そんな余計な事ばかりが気にかかってしまった。
「鳥羽?」
 不安そうに目の前で手を振る白鷺に我に返り、そしてこの問題児に頭を抱える。
「何してんだ、お前……。」
「階段降りるのがめんどくさかったから飛ばした。」
「だからって全部飛ばす奴が居るか!」
 着実に央太のようになっていく様にどうしてやればいいのかわからない。そのうち距離が面倒臭いという理由で学校に来る時も窓から、なんて随分と有り得る話になってきてしまった。
「でも退けって言われて退かなかった鳥羽も悪い。」
「上から女の子降ってきて退けと言われも身体が動く奴の方が珍しいわ。」
「……いや、そんなことないと思う。ボクなら退く。……か、受け止めるか。」
「お前と一緒にすんな。全くもう。」
 思いっきり大きくため息をついて早く退けと口にしようとした時、ふと白鷺が真っ直ぐに俺を見て言葉を遮った。距離も視線も近い。なんだなんだ、なにが来ると身構えると、突如覆いかぶさられた。それは恋人同士がするような心擽る抱擁ではなく、どこか縋り付くような必死さがあった。予想外の行動に押され、雰囲気が変わった彼女を慌てて受け止めると腕の力が強まった。
 よかった、そう耳に届いたのは酷く安堵するような、ようやく絞り出されたような声で、吐息に混じえて消え入りそうなほどか細いものだった。それは怪我がなくて良かったの意味か、普段通りに話す俺を見て安心したのと同時に今更になって恐怖が押し寄せたか……。どっちもあるだろうが、この場合きっと後者の方だろう。平気だよ、と出来るだけ普段通りに頭を撫でる。それで安心したのかゆるゆると腕は解け身を引いた彼女は項垂れたまま「ごめん。」と口にした。
「次からは、」
「周りをよく見る。」
「もうするんじゃない!」
 至極真面目に言った白鷺の頭を思わず上から抑えた。俺の周りは手が掛かる奴ばっかだなぁ……なんて頭をかき回して。項垂れる様子から少しは反省をしたようだから今日はこの辺にして、いい加減周りを気にする余裕ぐらいは出来た。そして現状に汗が吹き出す。そのまま会話を続けそうな白鷺の頭をぎこちなくポンポンと軽く叩いた。
「白鷺、そろそろ周りの目線が痛いから退こうな。」
 放課後と言えどもかなりの数の生徒が未だに校舎に残っている。階段なんて特に人通りも多い中、こんな状況に鉢合えば相当通りずらいだろう。言われて首を傾げた白鷺は周りを見たあと、状況を理解して慌てて退いた。埃をはたいて散らばった台本を2人で片付け始めれば、ようやく周りも動き出す。
 手を伸ばした台本を攫われ、他の台本と共にはい、と渡さた。礼を述べながら受け取ると、彼女は目線は下げたまま、さっさと踵を返して去って行った。その後ろ姿に再三注意してから自身の足の方向を変えて、ふと立ち止まる。
 去り際、彼女の耳が気の所為か赤くなっていなかったか? 思えば純粋に彼女の照れを見るのはこれが初めてだ。それもほんの一瞬。それだけなのにすっかり惚けてしまい、頬を抓ってから足に気合を入れた。

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