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モック・サリヴァン

夢を追っていたのは中学生の頃。
ベーシストかボーカルになりたくてバンドをしていた。もちろん、家族には秘密で夜中こっそり自宅を抜け出して。



俺の家は比較的裕福だ。小学生の頃、家に塀がある事や2メールの門があることからして、裕福だ、普通の家と違う、ということを知った。
父は警視総監で厳しい目をしている。母も元刑事だ。兄や姉もしっかりしていて、警察関連の職についている。親の望んだ学校に行き、親の望んだ通りに歩んでいる。
そんな家庭中で俺が抱いた夢はロックバンドマン、だった。詳しく言えばベーシストかボーカルだけど。
俺は嫌だった。
兄や姉みたいにレールを歩むのが。それで面白い人生なんて、歩めないのはわかっていたから。それでも家族には反発してまで夢を追うことは小学生の頃にはできないと悟っていた。
だけど、一度それが覆された。結局は閉ざされたけど。
中学生になって運命的な出会いを、あるバンドの曲でした。ロックだった。格好よかった。鳥肌がたった。たまらなかった。
深夜にたまたまラジオから流れたロック。普段は聞かないラジオをたまたまかけたらたまたま流れた曲。
なんてことない、偶然の出会い。
だけど一気に虜になって、調べた。バンドの事、メンバーの事、インディーズながらファンは多いこと、アルバムを出していること。何から何まで調べて、商品を買った。PVをみると格好がよかった。蛇を使っていて、ペットに蛇が欲しくなってしまった。
それまで無趣味で、親の言う通りに勉学に励んでいたから、貯金は沢山あった。だから俺はベースをかった。アンプも、コードも。音叉も。ついでに、蛇も。
何から何まで揃えた。
夜中に偶然出会ったロックに惚れ込んで気持ち悪いくらい、それを追った。自分もロックバンドの一員としてやってこうと夢を抱いて。
それでも友人はおろか、知り合いすら少なかった俺はバンドの友人を作ることはとても課題だった。
そしてまた、家族には秘密にしてやっていっていたから、難易度は高かった。近くでロックバンドのライブがあるからと夜中に抜け出したりした。
そんなことができたのは中1だったあの頃俺がバンドに熱中し始めたことに気付いた執事のじぃが『ほどほどになさるのですよ』と、言いながら抜け出す事に協力してくれていたからだと思う。

それでいて俺は私立中学に入ったとき、親の勧めで吹奏楽に入りホルンを始めた。高校3年になった今でもそれは続けている。

だから、中1の俺は睡眠一時間で頑張っていたと思う。学校で授業と部活。帰宅してからは課題とライブ。ライブがない日はホルンの練習用に与えられた防音設備の施された部屋でこっそりベースの練習をしていた。そして、蛇の世話。
今思えばよく優等生をしながらライブや練習をできていたなぁ、と思う。それが中1夏の俺。
暫くそんな生活が続くも、やっぱり優等生の仮面と裏の顔の2つの生活は苦しくてボロが出始めたのが冬。
成績が落ち始めたのだ。
親が不審に思いだし、それでも見過ごされて過ごした。元々、期待はされていなかったから。
上の兄と姉は俺よりもっと成績が優秀でスポーツ万能、才色兼備な人達だ。(顔も俺よりずっと鼻立がスッキリ、高くていい顔だ。)2人に比べれば明らかに人並みに近い成績に運動神経の俺は端から期待はされていなかった。だから兄達より少しランクの下がった私立の中学に行こうと、別に文句は言われなかった。冬に少し成績を下げようと、見向きもされなかった。

そんな中、冬の長期休みでロックバンド仲間ができた。仲がなんて、いわずもがな、微妙だったけれど。
それでも俺は夢へ近付く一歩を踏み出した訳だし、与えられたバンド内の義務は果たしていた。基準のレベルまで弾けるようにしていた。

それがきっかけだっただろうか。

俺は年明けにある学年末の試験でかなり悪い点をとった。流石に期待されていなくても親に怒られるくらいの。それから監視が厳しくなって、夜出掛けるのが厳しくなった。バンドを離れざるをえなくなった。最後にバンドのメンバーに訳を話してベースを辞退するとき、メンバーはあっさりしていた。最後にファミレスに集まって打ち上げみたく送別会をしたけれど主役であるはずの俺は居なくてもよかった気がする。
やっぱり、俺の知り合いはこんなもんだな、と思ったのも記憶に新しい。
でも、一人だけ違った。
一回りまではいかないけれど年の離れた最年長の奴だけ違った。
最年少のバンドメンバーだった俺に朗らかに『また来たくなったらおいでよ』と言ったドラムは記憶に鮮明だ。
眼鏡をかけたどこかお調子者。けれど最年長だから余裕のある顔で、周りを見ていた。
ポテトを摘まみながら、『いつでもまってるよ』と言ったあいつに、俺は『もう来ない』と言った。

ライブにも、練習場にも。メンバーに会いにも。


来れない、とは言えなかった。意地を張って来ない、と主張した。
それは中1が終わる春の事。

以来、俺はホルンに時間を費やした。
ちゃんとペットの蛇──クランクと名付けた──の世話をしつつ、成績ももちろん上げた事ながら、ホルンに励んだ。
バンドに熱中したことがあったせいで、音楽から離れられなかった。だからホルンに力を入れた。
時々、ベースが恋しくなった事があって、たまに手にとる。悔しいことに頭を過ったりするはあの飄々としたドラマーだった。
それは中2の事。

受験を控えた中3になって、塾に行き始めた。




夜遅くまでかかった塾のとある日。

来ない、と言っておきながら前を通り過ぎたライブ館。丁度扉が開けられ、中の光が漏れた。
何人か出てくるけれど、逆光で誰が誰だか‥、だった。それでも楽器を背負って出てくる奴が眩しかった。
暫く道路を挟んで眺めていたら気付いた。先頭で真ん中を歩いていたのはあの、ドラマーだった。
信号が青に変わったのか、車のライトが行き交う。そして丁度俺とあいつの視線も行き合った。
あいつが、手を上げた。



「久しぶり、モック」

「…‥ラルゴ・ロイド‥」



道路を挟んでの会話。
一番会いたくないタイミングで奴だった。他の奴ならシカトできるし、話すはずもなかったのに。
車のライトが止まったと思ったら歩行者用信号が変わってドラマーが横断歩道を渡って傍に来ていた。振り替えって、後ろにいたメンバーに手を振っている。「じやぁ、また」と。
背中に何か楽器を背負っているのが気になったけれど、それを聞くような俺じゃない。代わりにラルゴ・ロイドがこちらに向き直って口を開いた。


「今日のライブ、来てくれたんだ?」

「いいや、たまたま通っただけ。塾の帰り」

「そっか、モックの家は厳しかったもんねぇ」


一瞬、沈黙が訪れた。
そして、奴はいつもの口調で俺を驚かせた。



「今日ね、僕の引退ライブだったんだ」



視線を合わせないように話していたのに、思わず奴の顔を凝視してしまった。


(そんな。まさか)


だってあんなにドラムが上手かったのに。
行く行くはプロだろう、だから待ってる発言が出来たんだと思っていたのに。
動揺が体を巡ったけれど、素知らぬ振りをして、呟いた。


「辞めるんだ。意外」

「みんなに言われたよ、それ」


小さく笑った奴は大人の顔をしているように見えた。

「君に待ってる、なんて言っておきながら辞める事にしたからね、かなり気掛かりではあったんだ。でも、バンドマンである間に会えてよかった」

「俺は来ないって言ってたんだから、気にする事じゃないだろ?」

「モックはよくても、僕には気掛かりなんだよ」

「…‥ドラム辞めて何するの」

「ドラムを辞めて、今僕はギターをやってたんだ。そしてギターを辞めるのと一緒にバンドを辞めた。これからは多分オーボエかな」

「クラシックに移行‥?」

「いや、元々、僕はクラシックの人間なんだよ」


前はハープとかしてた。
穏やかに言う奴に俺はあんぐりとあきそうにある口を通常通りにするので精一杯だった。
だって、ハープとロックバンドって音楽の関係で真逆に位置しているじゃないか?
そしてハープにもどるならまだしも、オーボエにいくなんて。
突飛な事に目をしばたかせた。

「意外」

「みんな言うけど、それはホルンをやりつつベースをやった君と同じことじゃないかな」

「俺は親からの圧力でホルンを始めたんだ。お前は…‥」

「そうだね、僕はしたいからオーボエをするよだけど、三足目のわらじを履くことは悪いことじゃないだろう?」

「…‥そう」


完全にラルゴ・ロイドのペースに巻き込まれたなぁ、と思いつつ頷いた。
立ち話もなんだからお茶でもどう?と聞く彼に時間がとれないからと断って、帰路についた。この中3の春の思い出は多分衝撃のひとつだったと思う。
けれど奴とは再び再会することとなった。
再会場所はコンクール会場で、ホルンのソロコンクール。
驚きを隠すのに精一杯だった俺に奴は「今回はライバルだね」なんて穏やかに言った。そうして最優秀賞をかっさらっていった。
これで、ようやく天才とはこう言うことかと気付いた。兄や姉はまだ努力の人間だったんだ、と。
中学時代はホルンを仕方なしにやっていた俺だったけれど、この頃はホルンの魅力に気付いてホルンにハマり出した頃だったと思う。そんな3年と少しホルンに携わった俺をさし置いて、一年もされたのだろうか、それすらもあやふやな奴は短期間で最優秀賞をとったのだ。天才と言わずして、なんと言うのだろう。

それは受験に受かって、学校に慣れた高1の秋の思い出だ。

そして三度目の奴との遭遇は去年の夏。高2の時のオープンキャンパスで行った大学で奴が学校紹介をしていた。その時はトランペットを吹きながら学科紹介をしていた。
全くよくやるよ、と思った。一方で幾つまで大学にいるんだろうと気になった。バンド仲間として出会ったときから音大生だよ、と彼は名乗っていたから。


オープンキャンパスで説明をしていた奴は俺に気付くと気安く話し掛けてきて、モックには特別、だなんて言いながらジギーとか言う頬に傷のある男を紹介してきた。そしてトランペットデュオを始めやがった。
ホルンしか詳しくない俺でもわかるくらい、それは上手くて息を呑んだ。周りのやつらも話すのや説明すら止めて、聞き入っている。
そうして一曲終えた奴は、素人でもこんな風になれるんだよ。おいでよ、と囁いた。生憎俺がラルゴ・ロイドが素人でも天才であることはわかっていた。だ元々、ガキの頃から夢は抱いても仕方がないと思っていたし。夢に現を抜かしたのは中1の頃だけだ。あの時宝物だったバンドのCDは今では埃を被って残っている有り様だ。
だからだろうか。
遠くから聞こえるトランペットの音と、クリスマスだからか、盛り上がってはしゃぐ子供の声が耳に障った。
サンタを信じる無垢な子供の歌声にイライラした。
サンタなんて夢でてきた嘘でしかない。
ジングルベール、ジングルベール、鐘がなる〜、と、歌う声に溜め息を吐く。
おそらく丘の上にある孤児院からだ。俺の家は丘の中腹にあって、てっぺんに孤児院がある。
まったく、変なとこに変なものを建てやがって。


そんな孤児院からの雑音を聞き流し、塾からの帰路につきながら模試判定結果の紙をひねり潰した。
オールAの安全圏だったからきっと親はあの文化大学に俺をいかせるだろう。生憎俺がいきたいのは演奏が試験の音大だ。
知り合いのラルゴ・ロイドとジギ・ーペッパーがいる。
第一志望だったあの音大は夢ではなく、理想に近い所だったから。
だから今でも第一志望だ。

小さくなった判定結果の紙をポケットに隠して歩みを進めた。


がむしゃらに好きなことに励んだ中学時代が懐かしい、と思った。

別に、戻りたいわけじゃない。
ただ、選べれないだけなんだ。心が。
どのみち答えは出ている。頭で。

蹴った石ころがさして飛ばずに家の門に当たってカン、と鳴った。





























モック・サリヴァン
高校二年生:ホルン/ベース

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