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ゴーシュ・スェード









ただ、幸せにしてやりたい。
それだけなんだ。





久しぶりに僕が8歳までお世話になった孤児院へ足を伸ばした。かれこれ、2年ぶり、だろうか。
バスを降りて坂を上ると院が顔を出す。
一緒に見慣れたバイクとそれに跨がった彼が視界に入った。


「こんにちは、ジギー・ペッパー」
「スエードか。サブリナおばさんに会いにか?」
「ええ。院長になったのなら、挨拶にと思いまして。」
「…‥それは一年前の話だ」

ため息を吐いた彼に、そうでしたか、と苦笑を返した。
ともかく、また後で、だな。と言って拳を作った彼にそうですね、また、学校かアパートで。といって拳をコツンとぶつけた。


ジギー・ペッパーがバイクを走らせ坂を下る姿を軽く見送って、院の院長室に目を走らせた。
朧気な記憶にある孤児院。
変わった所、変わらない所、懐かしいと思いつつ歩みを進める。
僕は記憶がないくらい、幼い頃にここにいれられたらしい。そして8歳までここで育てられた。
銀髪だから、時折仲間はずれにする子達もいた。それでもそれなりに仲良くやっていた孤児院内の友達もいたし、そもそも孤児だから助け合わなければならず、虐めまではならなかったのを覚えてる。
そうやって過ごした幼少期。
7歳の時に妹分ができた。自分と同じような銀髪の女の子が来たのだ。
名前はシルベット。
名字はもちろん、ない。それは院の子みんな。
まだ赤ん坊で、ハイハイが出来る、それぐらいの子だった。
当時、僕が来てから孤児院に来た子は中々いなかったから、実の妹のように可愛がって過ごした。
本当にシルベットが来てからは僕の生活はシルベットを中心に周りだした。
小学校に行く時間は除いて常に彼女の傍にいて、夜泣きをする彼女をあやしたのも記憶にある。
学校があるからゴーシュはもう眠りなさい、と当時僕のいたクラス担当のサブリナおばさんに諭されるも、おばさんだって明日の仕事があるじゃないですか、と夜中に口論したのも覚えてる。
そんなふうに溺愛したシルベットは、院に来て1年経ってもハイハイしかせず、不信に思ってサブリナおばさんと共に小児科にいって、見てもらった。
原因は不明だけどシルベットは足が動かせず、多分、ずっとこのままだろう、と診断が下された。
そんな彼女を思って、僕は更にかいがいしく世話を焼いていた。


一方で、当時の院長の部屋を訪れては院長の趣味のチェロに触れさせてもらっていた。趣味にしてはかなりチェロを弾くことに通じていた彼は、僕に少しづつチェロを教えてくれた。

全てはそれがきっかけだった。

僕がチェロ始めたのは4歳か5歳頃で、だいぶまともに弾けるようになった頃、院長が音楽に携わる方々に僕を売り込みだした。
丁度シルベットが来る前後だ。
1年近くの院長の売り込みで僕はスエード家に引き取られることが決まった。
奇遇な事に養母となる方の名前はシルベットだった。なので僕は妹分のシルベットも一緒に引き取ってもらえないか、相談した。
養母であるシルベット・スエードさんをお母さんと呼ぶことを引き換えに。
ジギー・ペッパーはその時、僕を見送った。
そして、養子となってから知ったのはスエード家は音楽教室を開いていることと、自宅にある音楽教室で僕を演奏家として育てることだった。
物資が不足し、相部屋に何人もぎゅうぎゅうに入れられていた院に比べれは、衣食住は豊かに振る舞われ、自分の部屋を与えられ、チェロをひたすらに練習し続けなければならない生活は苦ではなかった。
チェロは大型の楽器だから小学生で扱える子は中々いない。だから院長の売り込みと、それを買ったスエード家で僕はチェロを弾き続けた。
スエード家では一般的に言って、恵まれた環境だった。ただ、養父は厳しい人で、時折癇癪を起こす方だったのでお母さんと一緒にシルベットを守ることに費やしたのは、記憶に新しい。
そして、恵まれた環境だけど、どこかじくはぐな所だったから一番自分にとって大切なシルベットを幸せにしたい。
その思いは必然的に生まれた。
だから、スエード家の要望に応えつつ、シルベットを幸せにする術を小学生ながらに考えた。必死に。
その割りには答えは至ってシンプルだった。


(あ、チェロを弾く人のプロになって、お金を稼げればシルベットを幸せにできる。)



それを機に更にチェロに打ち込んで、スエード家が引いたチェロリストとしてのレールを歩んでいった。
私立の音楽中学校、高校、と。
けれど途中で僕がチェロを必死弾くのはシルベットの為と気付いた養父は、今の音大に行くことを押してきた。
母は前からシルベットが第一な僕に気付いていたけれど、優しく見守っていてくれてた。でも、養父が主権を握るスエード家ではそれは意味のないことだった。
そうして、僕は逆らう術がなく、シルベットと引き離された。
アパートに越し、公立の音大に通うようになった。







ただ、妹分のシルベットを幸せにしたい。
それだけで歩んできたけれど。








院長室の前に立ってノックをする。
ギィィィ、と軋むドアは変わらない。チェロ好きな院長がいた頃のものだ。
今日は懐かしのメンツの来客が多いね、と笑って出迎えてくれたサブリナおばさんこと院長にお久しぶりです、と話しかけた。


























.ゴーシュ・スエード:チェロ
音大二年生

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