▼ あの日の忘れ物 ∵
気がついたら俺達は、またあの駅のホームへ来ていた。
木製の電灯がひとつ。小太郎と俺が降りた駅だ。
他に待ち人は居なく、俺と、がいこつと、座って泣き叫ぶ小太郎だけがホームに居た。
いつの間にかあの時のような夕焼けが俺達を照らし、切なさと、そして悲しみを煽った。
電車が来る。音が後ろから迫ってくる。
これが奇妙な旅の終わりだと、
これが別れの時なのだと、
誰もが感じていた。
「いやだよ! ぼく、まだ行きたくないよ!」
小太郎はそう叫びながら、見えない何かに無理やり押し込められているように、電車の入り口でもがいていた。
「まだお兄ちゃんの名前を見つけてない!」
大事な靴を振り回し、小太郎が叫ぶ。
そうだ、約束したんだろ。まだ俺の名前を見つけてないじゃないか。
行くなよ。まだ俺には小太郎が必要なんだ。
心からの親友が、家族が、必要なんだ。
今にでも手を伸ばして小太郎を引き戻したかった。
しかし、俺もがいこつも、何かに縛られているように、その場にただ突っ立ったまま、動くことができなかった。
ただ、動いているのは頬を伝うものだけで、必死にもがく小太郎は、徐々にぼやけていった。
「ママぁ!! お兄ちゃん!!」
俺のぼやける目の前で、電車のドアが無理やり小太郎を押し込む。
「お兄ちゃん!! がいこつさん! パパぁ! ママぁ!!」
電車が大きなため息をついた。
贈り物の新品の靴と手紙を握り締め、めいっぱいの力でガラス窓を叩いている小太郎を乗せて、ゆっくり、ゆっくりと電車が動き出す。
オレンジ色の夕日が、俺達の別れを照らし出す。
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