▼ あの日の忘れ物 ∵
ぽつりと呟いた俺の言葉に、がいこつも、小太郎も俺のほうを向いた。
がいこつが目玉を揺らし、カチカチと歯を鳴らす。
そして、小太郎が、ゆっくりと目を見開いた。
「そう……そうだよ、あれ、ぼくの家だ!」
小太郎が立ち上がって叫んだ。しかしそれは、歓喜の叫びではない。顔が青ざめている。
あれほど嬉しそうに語った家が、あんなに荒れていたんだ。小太郎の気持ちはわかる。
俺が震える小太郎にそっと手を添えようとしたら、がいこつが骨を軋ませて、先に動いた。
「じゃあこれは、小太郎くんにだったんですかねぇ」
がいこつはそう言って、大事そうに抱えていた箱を、そっと小太郎へ差し出した。
小太郎は箱を見つめ、何も言わなかった。おそらく、言うことができなかったのだろうと、俺は思った。
現世とあの世を繋ぐ、何の装飾もない、白い箱。
俺達はただ黙り込み、誰一人として口を開かなかった。
ただ小太郎が箱を受け取る時を待ち、何時間も、何時間も経ったように感じられた。
汚れた髪から砂が落ち、小太郎が、ついに動いた。
汚れた短いつめがある指先で、そっと箱に触れる。
触っても大丈夫なものか、触っても壊れないのか、確かめているような感じだ。
そしてようやく、そっと箱に手を添えた。
がいこつは小太郎の頭を細い指で撫で、小さな箱を手渡した。
「これで私の仕事は終わりですねぇ」
がいこつは、ほっと息をつき、気の抜けたような声を出した。
黄ばんだ白の頭にむき出しになった目玉は、達成感で輝いているようだった。
俺の隣で、小太郎が再び座り込む。
じっと白い箱を見下ろし、そして恐る恐る、箱の蓋を持ち上げた。
中に入っていたのは、小さな紙切れだった。
その下には、届け物の本質と思われるものの、鮮やかな青色が見える。
小太郎はゆっくりと紙を拾い上げ、そっと開いた。
『広口 小太郎 様
パパ、ママ より』
「パパとママだ!!」
手紙を見たとたん、小太郎が大声を出した。
溢れんばかりの感情を抑えきれず、今にも泣き出しそうな顔で、小太郎は笑っていた。
この時、俺はようやく小太郎の本当の姿を見た気がした。まだ甘えたい盛りの、子供なのだ。
俺達は小太郎の後ろへそっと移動し、手紙を覗き込んだ。
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