▼ あの日の忘れ物 ∵
しかし、そのままわんわんと泣き出すことはなかった。
小太郎は、こんなに小さい体をしているけれど、心の芯はとても強い。
「それって、拉致とか、誘拐とか、そういうのじゃないのか?」
小太郎の話を聞き、過ぎった言葉を、俺は素直に吐き出した。
がいこつが、隣で不安定そうに頭を揺らし、「そうですねぇ」と相槌をうつ。
俺達のやり取りを上目で聞きながら、小太郎はポツリと呟いた。
「ぼく……何度も何度もお家を探したんだよ。だけど、皆ぼくの言うこと聞いてくれないんだもん」
小太郎はなくなった足をさすりながら、体を前後に揺らす。
これは、もう小太郎のくせだな。
「あんまりおっきくなかったけど、お庭があってね、ママがいつも綺麗な花を咲かせていたんだよ。一階にはパパの大好きな車があって、毎日パパがお手入れしてた。ママはあきれた顔していたよ。お部屋はひとつしかなかったんだけどね、ママが上手に区切って、ちゃんとお家だったんだよ。近くに川があって、ザリガニが居て、夕暮れになると、ぜーんぶがオレンジ色になるんだ」
嬉しそうに身振り手振りで語る小太郎を見つめながら、俺は思考をめぐらせた。
話を聞いていると、まるで、どこかで見たような風景が、頭の中に浮かんでくる。
車庫がある二階建て、近くには川があり、大きな部屋が一つ……。
待てよ、それって……
「俺達が、最初に泊まった家じゃないのか?」
prev / next