▼ あの日の忘れ物 ∵
手がかりの一つや二つ、この変なあの世の世界だからこそ、あってもいいはずなのに。
いっそ、また電車に乗り込んで、俺達が行くべき場所へ向かったほうが楽な気がする。
俺の名前なんて、なくても不便じゃないし。
でも……小太郎の足と、がいこつの荷物の届け先だけは、見つけてやろう。
「なあ、何か思い出すことはないのか? 生前のこととか」
俺は何気なく、二人に問いかける。生前に何かあったのなら、少しでもヒントになるかもしれない。
がいこつはカチカチと歯を鳴らし、「わかりませんねぇ」と首をしならせた。
「ただ、あの家に届け物に行って、藁が積み重ねられていて、息ができなくなる所しか。あとは毎日同じ上司の小言です」
覚えているのがそれじゃあんまりだ。俺は気の毒に、と苦笑いし、がいこつの肩を軽く叩いた。
がいこつはそれだけでカクッ、と膝を折り曲げ、崩れ落ちそうになる。
俺は「ゴメン」と一言謝り、今度は小太郎に目を移した。
ぼんやりと空を見上げる小太郎と目が合ったとたん、小太郎は突然思い出したように、口を開いた。
「わかんない。ぼく、変な人に連れてこられたから」
小太郎の口から言葉が飛び出した。
そして、一瞬戸惑うような仕草を見せたが、また突然何かが乗り移ったかのように、大きく口を開いた。
「ぼく、あの日パパとママと大きな街に買い物に来ていたんだ。屋上でヒーローショーがあるっていうから、わくわくしたんだ。ぼく、ママにその靴を買ってもらうって約束していたんだよ。だけど、お店につく前に、大きな噴水があって、人がいっぱい居てね、小さな遊園地があったんだ。だからぼく、どうしても遊びに行きたくって、ママの手を離したんだ。ママは戻って来なさいって言っていたけど、ぼく、聞かなかった。走ってたら、ぼく、どこにいるかわからなくなっちゃったんだ。ママって呼んだんだよ。パパも呼んだ。だけど、返事してくれないし、みんな教えてくれないし、ぼく、怖くて、泣きそうになった。
そうしたら、知らないおじさんがぼくの手をひいて、ママのところに連れて行ってあげるって言ったんだよ。だから着いて行ったんだ。そうしたら、ぼく、目の前が真っ暗になった。気がついたら、電車の中に居たんだよ」
小太郎は一旦唇を噛み、深く息を吸うと、また吐き出した。
「周りの人はみんな、聞いたことがない言葉を話してた。ぼく、怖かったから逃げ出した。だけど、誰もぼくのこと知らないんだ。ママのことも、パパのことも、何を言っても誰も聞いてくれなかったんだ。だって言葉がわからなかったんだもん。怖かったんだよ。おなかが減って、寝るところもなくて、パパもママも居なくて、一人ぼっちだった。一人っきりでがんばったんだよ。いっぱいいっぱいがんばったけど、寒くなって、雪が降って、だから線路の上に寝転がったんだ。だって暖かかったんだもん。そうしたらぼくの足、なくなっちゃってた。ぼく、探したんだ。いろんな所に行ったよ。言葉がわかるところへも来た。だけど、ぼくの足はどこ? って聞くと、みんな逃げていった。変なおばさんやおじさんたちが来て、ぼくの嫌な言葉をずっと言って、ぼくに帰れとか、行けとか言うんだ。ぼく、それがとても怖くて、もう諦めて、電車に乗った。それで、お兄ちゃんに会った」
小太郎は全てを話し終わった後、一瞬、泣き出しそうにぎゅっと顔を歪めた。
prev / next