Short Novel | ナノ


▼ あの日の忘れ物 

 どこの世界に、喋るがいこつが居る?
 ここは死後の世界。
「山田です」
 がいこつが、カタカタと歯を震わせて名乗る。
 青ざめて震える俺をよそに、小太郎が手を差し出した。
「ぼく小太郎。よろしくね」
 平然とした小太郎は、何のためらいもなくがいこつの細い指と握手をしている。
 がいこつが動くたびに軋む間接の音が、俺の恐怖を煽っているのも知らずに。
 藁の中から引っ張り出したがいこつは、頭だけじゃなかった。体丸々、全部。
 一昔前の郵便配達員のような格好だ。初めて見た時にはかぶっていなかった独特の帽子も、今は毛のない頭の上にちょこんと乗っている。
 そしてぶかぶかの服が目立つ骨の腕に、小さな箱を持っていた。
 カタカタと骨を震わせて、がいこつは澄んだ空気を吸い込むように夕焼けを見上げる。
「かれこれ、十年近く郵便配達夫をしていたんですがね、何せ早とちりで不器用なもんで、仕事をするたびに失敗して、上司に怒られる毎日でした。そのある日、この家に荷物を届けようとしたら、誰も開けてくれないんですよ。どう見ても、もう廃屋のようだったんですがね……このまま帰ったら、また上司に怒鳴られるから、住民の帰りを待っていたんです。今のように、夕暮れがものすごくきれいでしてね……あんまりきれいなもんで、見惚れてついウトウトしてしまって……気づいたら、家の下の倉庫で荷物と共に待ち疲れて寝てしまっていて。その頃にはもう、藁をこうやって詰まれていたんでさ。なんとか上に向かって行こうとしましたが、藁は重いし、手足はそのせいで動かないしで、ただ体を揺らしてもがいているうちに、ついに顔の上にまで藁束が落ちてきてしまって、動けなくて。死にました」
 そう言ってがいこつは、苦笑いした。
 正確には骨がにやりと笑ったわけではなく、声の雰囲気がそう感じ取れた。
 俺は引きつる顔の筋肉をなんとか緩めようとしたが、しゃべる骸骨を目の前に、ニッコリと微笑むことなど、できるわけがない。
「そちらの兄さんは?」
 ニッコリとする小太郎から、がいこつが俺のほうを向いた。
 俺は思わず体を震わせ、首を横に振る。何を否定しているんだ。わからない。
 自問自答を繰り返している間に、がいこつが俺のほうへ近寄ってきた。
 血の気が引く。――こんな小さな小太郎ができて、どうして俺にはできないんだ。
 俺は引きつる顔でなんとか笑顔を作りながら、恐る恐る手を差し出した。
「あぁ、どうも、よろしく」
 ひんやりと冷たい感覚。
 硬い手と握手を交わした後、髪の先まで震え上がり、俺はさらに顔を強張らせた。
 友好的ながいこつは固まる俺をよそに、小太郎のほうへ向き直る。

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