▼ あの日の忘れ物 ∵
俺は藁の山を見上げる。まさか……この中に?
そう思って顔を顰めていたら、小太郎が先に動いた。
藁を手で掻き分け、中に入ろうとしている。
考えることは同じだったようだ。俺は黙って手を貸し、邪魔な藁の束を背後へ放り、進める場所を作ってやった。
俺達はそうやって体をなんとかねじ込ませ、前へ前へと進んでいった。
「開けてくださいよぉ」
声がする。近づいている。
やっぱりこの中に居るんだ。
どうしてこんな所に人が居る?
こんな所に入り込み、何を開けて欲しいと言っているのだろう。変な奴だな。
ああ、この世界は元々おかしいんだった。
「あっ」
その時、小太郎が声をあげた。ぴたりと手が止まるところを見ると、何かを見つけたようだ。
後ろから幅を空けて追っていた俺は、藁束に乗る小太郎の頭を押さえ、身を乗り出す。
「開けてくださいよぉ」
目の前にあるものを見た瞬間、今まで味わったこともないぐらいの恐怖が、俺を襲った。
怪奇声の主は、藁束の上にぽつんと乗せられている、がいこつだった。
放置された時間を思わせるように、肉片などひとかけらもない。
しかし骸骨のくぼんでいる目の位置には、ぎょろりとむきだしにされた目玉、そして、今言葉を話していた舌だけが、しっかりと残っていた。
うっ……――
「わあぁぁぁ!!」
俺は思わず叫び声をあげ、小太郎を残してその場から逃げた。
なんだ!? 今のはなんなんだ!?
高鳴りすぎている心臓を抑え、一気に川辺まで向かった。
走っても、走っても、恐怖で足がもつれる。
今まで目の当たりにしなかった物を見てしまった。化け物、ありゃ、幽霊か。
川辺に膝をつき、つめが食い込むぐらい強く胸を抑えていたら、慌てた小太郎がやってきた。
「どうしたの? お兄ちゃん、顔が怖いよ」
怖いのはがいこつのほうだって。
俺は川に映る引きつり顔を見つめながら、目を見開いて小太郎に訊く。
そんな俺の顔の酷さに、小太郎は軽く口元を上げた。
「がいこつ」
「それはわかってる!!」
思わず大声を出したら、小太郎がビクッと震えあがった。――しまった。
「ご……ごめん」
俺は騒ぎの止まない胸をさすり、小さく呟く。額から異常な量の汗が零れてきた。
小太郎はすぐにニコッと笑い、首を横に振る。
「ねえ、行こうよ。大丈夫だよ。あのがいこつ、変だけど怖くないよ」
変だから怖いんだよ。
「……あぁ」
俺は引きつった表情のまま、小太郎に手を引かれて連れ戻された。
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