▼ あの日の忘れ物 ∵
俺はぼやける目を擦り、部屋の隅々まで見渡した。今の声は、一体なんだ?
あるものといえば、積まれた藁と、壁の崩れた木片と、小太郎が包まれたボロ布。
それと、俺。
「開けてくださいよぉ」
また声がする。
どうやら、本当に俺達の下から聞こえてくるようだ。
妙に不気味な、背筋をなぞられたような悪寒が走る。
「小太郎、おい、小太郎」
俺は小太郎を揺さぶり、起きるように呼びかけた。
小太郎はぶつぶつと文句を言いながらも、渋々体を起こす。
「なに?」
「声がする」
俺達は耳を澄ませた。
「開けてくださいよぉ」
やっぱり声がする。
俺達は目を合わせ、黙ったままこっくりと頷いた。
行ってみよう、下へ。
俺たちは足音を立てず、そっと扉へ向かった。
途中で床を軋ませてしまったのは、俺だ。小太郎じゃない。
小太郎はゆっくりと中を浮きながら、先に扉を押し開けた。
これもまた背筋をなぞるような、キイ、と嫌な音をあげ、扉が開く。
俺達はお互いに「静かに」と唇に指を当て合図し、また軋ませないよう、そっと階段を下りた。
しかしこの下は、物置になっているはずだ。天井まで埋め尽くすぐらい、藁が置いてあったのを覚えている。
そんなところに、誰が居る? 何を開けて欲しいと言っているんだ?
俺達は分担して、家の周りをぐるりと回ってみた。しかしどこを見ても詰まれた藁のみで、人影なんてどこにもない。
俺達は階段の前で落ち合い、お互いに首を傾げた。
「開けてくださいよぉ」
確かに声はしているんだ。
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