▼ あの日の忘れ物 ∵
もしかしたら、この町に住む事ができるのかな。
そうだったら家はここでいい。家族も、小太郎が居ればいい。
死んで得したことがある。
小太郎に会えた。
小さなこの体が、ほんの数時間で、俺にいろいろなものを教えてくれた気がする。
一人っ子だった俺に、ほんの数時間で、守るべき弟を与えてくれたような気がする。
そして、この暖かい陽だまりの中で、俺はようやく安らかな眠りについている。
俺の存在意義を示すものがあり、確かな安らぎがあり、これを幸せと言わずに、なんと言える?
体の中心からつま先や指先まで伝わる安堵感に、俺は、満足げに微笑んでいた。
その時、俺は声を聞いた。
「……くださいよぉ」
低く、細い、消え入るような声だった。
ください? 何を?
「あけ……くださいよぉ」
あけ? ……何を言っているんだ。
俺に言っているのか?
「開けてくださいよぉ」
か細い声が、俺の下から響いていた。
prev / next