▼ あの日の忘れ物 ∵
何もかもが嫌だった。
何のために今までがんばってきたんだろう。
がんばれ、がんばれ。受かったら欲しがっていたバイクを買ってやる。
親父は受験生の俺をそう攻め立てた。それなのに、結局買ってくれなかったじゃないか。
あなたが母さんと父さんの一番の宝物なのよ。すぐに手放したりしないわ。
母さんは笑って、俺にそう言った。こんなにも簡単に、手放したじゃないか。
日々やることもなく、ゲーム三昧。ケータイで知り合った友達とは、メールだけのやり取り。
気づいたら、やりたいことは何一つ、なくなっていた。
充実しない生活。
俺は何を望んでいたのだろうか。
俺が生きていたことで、意味はあったのだろうか。
何かの役に立てたのだろうか。
本当に愛すべき人に出会えたのだろうか。
やるべきことはなんだったのだろうか。
すべてが無意味。
だから酒を飲んだ。タバコもやった。博打もやった。
ガラの悪い奴らとも付き合ったし、ちょっとした罪も犯した。
見せつけてやろうと思ったんだ。俺は何もできない奴なんかじゃないって。
だから飛び出した。
そして死んだ。
今思えば、バカなことをしたものだ。
思いっきり自殺じゃないか。
ただ、どうやら運転手のほうにも過失があったことで、俺は事故死車両に乗れたわけだ。
居眠り運転でもしていたのかな。
死んでほっとしたことは、地獄に行かなくてもいいかもしれないということだ。
さっき小太郎が言っていたじゃないか。
「みんな天国や地獄に入れられると思った?」
てっきり俺はいろいろな罪を犯したから、もう地獄行き決定だと思っていた。
毎日、毎日、鬼に追いかけまわされたり、閻魔大王に舌を抜かれたり、なんて……今思うと、ばかばかしい。
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