▼ あの日の忘れ物 ∵
「お兄ちゃん、ぼく、もう疲れたよ」
静かに流れる川の上の橋の中心で、小太郎がしゃがみこんだ。
ついさっきまで散々はしゃいでいたくせに、ない足をさすりながら、小太郎は俺にぶつぶつと文句を言う。
さっき釘に足を引っ掛けて痛いとか、足の裏が擦り切れてきた、とか……小太郎は、裸足なのだろうか。
俺には見えないからわからないが、小太郎が嘘を言うような奴には見えないし、今、明らかに嘘を言っているようにも、見えない。
そうだな……あの電車を降りてから、もう何時間歩いたろうか。
時計はない。この世界に来て俺の持っていたものは、あまり利用価値のない自分と記憶と衣服だけ。
ついさっきまでは、夕闇のような薄暗さが俺達を包み込んでいたのに、今度は夕焼け空になっていた。
オレンジ色が川を照らし、水面が金色に反射する。小魚が跳ねると、小太郎がそちらに目をやった。
「じゃあ今日はもう、どこかで休もう」
俺がそう言うと、小太郎は嬉しそうにニッコリした。
そうは言ったものの、この町に休む場所など、どこにもない。
ホテルや旅館なんてもちろんないし、金も持っていない。
どこか休むところを知らないか、そう言ったら、小太郎はこう答えた。
「橋の下、道路のわき、家のかげ、階段の横、壊れた建物。線路は怖いからやだよ」
その選択で、ようやくわかった。
小太郎は、ストリートチルドレンだったんだ。
路上で生活する子供。テレビの特番か何かで、少し見たことがある気がする。
それならこの風貌も頷ける。しかし、俺の生きた時代にそんな子供が存在するのか? 少なくとも、アジア系の別の国ならば、もうひとつ頷けるが。
しかし、いくら死人だからと言って、橋の下や壊れた建物の中で眠るのは、ちょっと気が引けるな……。
俺はそういう裕福な国に生まれた子供だ。
俺が突っ立ったままいろいろ考えているうち、小太郎は橋の手すりのところまで這い、木製の柵の間に頭を突っ込んで、小川を見下ろしていた。
キラキラと光るオレンジ色の川の水。時々跳ねる水しぶきは、俺が子供の頃も、何時間見ていても飽きないほど、たまらなく好きだったなぁ。
他にも、ビー玉や、川辺で拾った小石や綺麗なガラスのかけら。今も昔も、子供の興味を引くものは、そんなものが最初だ。
ただ最近は、ちょっとばかりゲームやパソコンに偏りすぎているかな。
俺は小太郎の隣に行き、同じようにその場に屈んで、ぼんやりと川を見下ろした。
ゆっくりと流れるオレンジ色の水。柔らかで、でもどこか幻想的で、見ているだけで吸い込まれていきそうな感覚に陥る。
それに惹かれ、少し身を乗り出してみた時、大きく育った雑草に隠れていた、小さなボロ小屋が目に入った。
「あそこにするか」
俺がそう言うと、小太郎は「うん」と頷いた。
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