Short Novel | ナノ


▼ あの日の忘れ物 

 小太郎は、足がないからといって歩けないわけでもなかった。
 ほら、あれだ。人間がオバケとやらを見るとすぐに思いつく、あれ。浮くこと。
 なんて現実味がないことか。妄想癖のある日本人がよくしそうな発想だ。
 しかしそれは現実であって、今現在の事実。
 俺の目の前では、確かに足のない少年が浮き、早く早くと俺を引っ張っていた。
 驚いてそのことを言うと、本人は、「歩いているんだよ」と怒っていたが、誰がどう見てもこれは、浮いているようにしか見えないだろう。
 だけど、小太郎が歩いた後には砂煙がたつし、小さくだけれど、足音もする。確かに見えない足があるようだが、目に見えないと、人間ってもんはこうも信じられないものなのか。
 あの世逝きの電車を降りて数時間。暗くなった町の中を、俺達はぶらぶらとあてもなく歩いていた。
 昔懐かしいセピア色の雰囲気漂う町並みだ。なぜ町があるかって? 俺に聞くなよ。
 死後の世界になぜ町があるのか、もちろん俺は小太郎に問いかけた。
「住んでるからだよ」
 すると小太郎は、さも当たり前のようにすんなりと答えた。
 しかし俺はもう、ちょっとやそれぐらいの答えじゃあ、素っ頓狂な声はあげなくなっていた。
 だって、今まで死者が乗る電車に乗っていて、駅について降りたら、足のない少年とこうやって並んで歩いているんだぜ。
「みんな天国や地獄に入れられると思った?」
 小太郎が聞き返す。
「ああ……うん、まぁ。一般的にはそう思うだろ」
「どうして?」
「さあ……俺のじーさんやばーさん、そのまたじーさんやばーさん、それのまたじーさんばーさんから伝わってきたんだろ。わからねぇよ」
「ふうん、変なの」
 変なのはこの世界だ。それと小太郎。
 町はまるで人が住んでいる気配がしない。だけれど、コンクリート舗装もされていない道の横の横には古風な家が並び、曇りガラスには明かりが灯っている。
 明かりといっても、生きていた頃感じていた、生き生きとした明かりではなく、こう、落ち着いた老舗食堂の、くたびれた電球のような。
 家はほとんどが木製、時々石垣がある家がある程度。隙間風が入りそうな家もあれば、庭に盆栽なんかが置いてある家もある。トタン屋根はもちろん、瓦屋根も少し見かけたな。
 夕暮れに浮かぶあの世の町並みは、一昔前の、俺の住んでいた世界を思い出させた。
 とはいっても、俺は現代に生きた子供だ。ある程度テレビ番組や学校の糞みたいな授業で見せられ、鼻にかかった割れた声のナレーターが白黒テレビで話していたのを覚えているだけ。
 その白黒テレビはあるかもしれないが、この世界にゲームやケータイやパソコンなんて、ないんだろうな。

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