Short Novel | ナノ


▼ あの日の忘れ物 

 これが全員死人だって? まさか。だって今にも平然と駅弁でも広げそうな雰囲気じゃないか。
「お兄ちゃんも事故で死んだね」
 小太郎がそう言って肩を揺らし、子供らしく、いたずらっぽく笑う。
 電車の揺れに伴う何日も洗ってないような髪を観察しながら、俺は顔を顰めた。
「何で知ってる?」
「ここは事故死の車両だからさ。前は溺死で、後ろは自殺」
 小太郎が前後の車両扉を指さし、俺に説明した。
 その後、小太郎は俺の服を引っ張り、俺を手招きする。ひそひそ話の仕草に、俺は耳を近寄らせた。
「後ろは一番最後の車両なんだ。行かないほうがいいよ。連れてかれちゃうから」
 小太郎が眉を潜め、小声で囁いた。まるで、聞かれただけで道連れにされてしまうような、そんな言い方だ。
 後ろは自殺車両か……そうだな、確かに、行かないほうがよさそうだ。
 なるほど、少し状況が理解できてきた。――ここは、死んだ奴らが行くべき場所へ向かう途中の電車の中か。
 てっきり死んだら、三途の川でも渡るのかと思っていた。
「お兄ちゃんはいいね。体のどこも取れてない」
 小太郎の声に、溺死の扉を見ていた俺は、ふと目を戻した。
 身長の低い小太郎を見下ろすと、そこには元気な少年の姿、が、あるはずなのだが……。
「……お前、足は?」
「ああ、とれちゃった。探したんだけどないから、行くことにしたんだ。誰もくれないし」
 小太郎は太ももの中間辺りで消えている足をさすり、少し寂しげにそう呟いた。
 ふと、こんな子供の頃に聞かされた、怪談話が過ぎってしまう。俺は何もない空間に手を添える小太郎を見つめながら、再び引きつり声で問いかけた。
「お前、どうしてそんな……どこで?」
「電車の踏み切り」
 小太郎はさらりと流すように答えた。
「雪が降っていたんだよ。寒かったんだ。だから電車の線路にもたれて寝た。あったかいんだ。そうしたら足がとれちゃった。探したんだけど、誰かに聞いても、すぐ逃げちゃうんだ。だから、もう諦めてここに来たの」
 小太郎が、見えない足をさすって言う。そしてふと宙を見上げると、懐かしそうにまた話し始めた。
「本当は欲しかったんだぁ。だけど、誰もくれないんだもん。大勢でぼくの嫌な言葉ばかり言ってさ、早く行きなさい、ここにいてはいけないって、恐いおばさんが言うんだ。ぼくはただ足を返して欲しかっただけなのに……。お兄ちゃんは、何を忘れたの?」
 唐突に身を乗り出し、小太郎が問いかけてきた。
 俺はようやく見慣れてきた小太郎の見えない足から目を離し、硬い背もたれに寄りかかる。
 電車が揺れた。軽く腰が飛び上がったところで、俺は呟く。
「……名前、かな」
「じゃあ、じゃあさ、探しに行こうよ。ぼくも手伝ってあげるよ」
 小太郎は幼い子供独特の瞳の輝きを俺に浴びせ、わくわくと体を前後に揺らした。
 偽りや騙すことを知らない、その姿が妙に懐かしく思える。俺はふと笑みを零し、ひとつ頷いた。
「その代わり、ぼくの足も探してね」
「……あぁ」
「本当だね。約束だよ」

 電車が止まる音と共に、ドアが軋みながらひとりでに開く。
 足のない少年と、事故で死んだ俺。
 幽霊ともなんともいえない俺達の奇妙な旅は、ここから始まった。



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