▼ 背中と背中 ∵
外を通る車の音が、少なくなってきた。
それでも、天詩のペンの音は、一向に止もうとはしない。
時々ふと夜空を見上げることもあるが、その時だってノートの端のほうに意味不明な蜘蛛のようなものを書いている。
かと思うと、突然何かが降ってきたようにノートにかぶりつき、一心不乱に書き始める。
俺はただ天詩の後ろに突っ立ったまま、そんな天詩と、ずっとノートを見下ろしていた。
物語はもう、終盤に近づいてきていた。
少年と死神はついにお互いを仲間と認め、力をあわせてラスト・ボスを倒した。
そして、
“少年は両手を天に向かって突き上げ、歓喜の声をあげた。
「僕は、この世で一番の幸せ者だ!」”
この行を書き終えた瞬間、天詩の手が、止まった。
さっきまでものすごい勢いで書いていたのに。
「どうした?」
様子のおかしい天詩を横から覗き込むと、天詩は汗だくの顔を前に向けたまま、ペンを放し、その手で胸を押さえていた。
待てよ、まさかお前――……心臓か?
「……キョーイチくん」
天詩が苦しそうに顔を歪ませ、汗だくのまま苦笑いをする。
胸を掴んでいた手を離し、机の上に落ちたペンを握る。
そして、俺のほうを向いた。
「最後の一行、君が」
俺が返事を出す前には、もう、天詩は床へと倒れていた。
天詩は知っていたんだ。
自分の寿命は、これ以上伸びないのだと。
あいつは逝った。
空へ続く、電車へ……――
prev / next