▼ 背中と背中 ∵
「どんな話にする?」
「そうだなぁ、やっぱり、キョーイチくんのこと入れたい」
「ふうん」
まだHRも始まっていないというのに、天詩は勝手に家に帰ってきてしまった。
母親も驚いた顔をしていたようだが、天詩が一言「風邪気味なんだ」と言っただけで、わかったわ、と頷いていた。
天詩は、普段嘘をつかない奴なんだろう。だから俺も、なんとなく嘘をつきにくかったんだ。
俺が人間だった頃は、こんな事したら、先生や親に散々怒鳴られたっけな。
天詩は自室に入ると、さっそく机に向かい、どこにでも売っているようなペンとノートを取り出した。
「ねえ、いろいろ教えてよ。死神のこと」
天詩がペンを回しながら、顔を輝かせてそう言ってくる。
さっき散々質問したろうに。
「ダメ。これだけは掟。いろいろ教えられる立場じゃないんだよ」
「ねえ、翼とかはないの?」
人の話を聞けよ。
「ないよ。さっき背中に触ったけど何もなかったろ」
「じゃあ、他にも死神って居るの? 友達とか」
死神仲間か……そのぐらいなら、いいか。
「ああ、居るよ」
「名前は?」
「ああ……ええと、スタン、アドレー、デリス。ほとんど男。女はどちらかというと天使になりたがるからな」
「へぇ……外国の名前ばっかりだね」
「ああ、まあ……日本名なんて、ほとんど居ないぜ。みんな成仏したがるから。居るとしたら、夜月とか、朱鷺とか。明治生まれとか居るぞ。俺より年上ばっかり」
「へえ、珍しい名前」
天詩はわくわくする、好奇心いっぱい、という顔で、メモを取りながら次々に質問をぶつけてくる。
上司の命令は絶対?
神様って本当に居るの?
喧嘩したりしない?
学校とかあるの?
勉強とかあるの?
大人も子供も同じ?
お金とかないの?
「よくそれだけ質問が出てくるな」
再び襲い掛かってきた膨大な数の質問に、俺はぐったりして、天詩の後ろにあるガラスのテーブルに腰掛けた。
「そりゃあそうだよ。知らない世界のことなんて、知りたくなるに決まってる」
天詩はノートから目を逸らさずにそう言いながら、素早くペンを走らせている。
だいぶ慣れた様子だ。
「お前、結構前から書いてんの? その、小説とか」
「うん。小さい頃から好きだったよ。おばけとか、死神とかもね」
天詩が手を休めないまま、目を細めて笑う。
「そうか。じゃあ本物に出会えたんだから、お前は幸せもんだな」
俺は鼻で笑い、言ってやった。
どこかバカにするような言い方にも、天詩は怒るわけでもなく、ただ素直に「うん」と頷き、
「僕はいつでも幸せ者だよ」
ただそう言って、走り書きだらけのメモに目を移した。
「うーん……キョーイチくんの名前が一番平凡だ」
天詩がニヤッと笑ってそう言ったから、後ろ頭からこぶしを突っ込んでやった。
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