▼ 背中と背中 ∵
……初めて聞かれたよ、そんな事。
「うん。まあ……そう」
さっきと同じように答え、振り返りかけた体を戻す。
「へえ! そうなんだ」
すると今度は天詩が振り向き、また好奇心に満ちた声を上げた。
また質問攻めは勘弁して欲しい。何か衝撃的なことを言って口を閉じさせよう。
「死んだんだよ。事故で」
俺は後ろを向いたまま、呟くように言った。
この言葉には、さすがに天詩も「へえ! そうなんだ」は言わなかった。
だから振り返り、さらにこう言ってやった。
「学校帰りに自転車に乗ってて、居眠り運転の車に突っ込まれた」
呆然とマヌケな顔をしている天詩に、そう言ってにやり笑いをしてやる。
すると、天詩は落ち込むどころか、さらにぱぁっと顔を輝かせた。
「ねぇねぇ、死神ってさ、僕もなれそう?」
申し訳なさそうな顔ひとつせず、さも嬉しそうに、天詩はそう言う。
なんだこいつ。
「ムリムリ。絶対無理!」
俺はそう言って、再び天詩に背を向けた。
「なんで? 僕じゃ無理なの? 事故じゃなきゃ無理なの?」
それでも天詩は粘り強く喚き、俺を覗き込んでくる。
俺は座ったままぐるぐる回って天詩を振り払い、また言ってやった。
「ろくな仕事じゃないぜ。こんなこと」
吐き捨てるようにそう言い、俺は顔を顰めた。
そうさ。いくら死神といえど、本当に人を死なせるんだ。
俺だって仕事初めの頃は、何度も自分のしたことの罪悪感に襲われた。
「はっきり言って、この仕事はもう何十年もやっている。なのに、努力して認められ、この仕事から抜け出せるのは、ほんの一握りの奴だけ。ただ、死後も何らかの仕事につき、自分の仕事を終わらせたものは、いつかは生まれ変わることができるんだ」
気付いたらいつの間にか、うつむき加減にそんな説明をしていた。
何言ってんだ。はっと顔を上げた俺に、天詩はさらににじり寄ってくる。
「キョーイチくんは、生まれ変わりたいの?」
また質問かよ。
「……まぁな」
俺は顔をそらし、頷いた。
こいつに嘘偽りは通じない。今まで言ってきたことはすべて嘘なんかじゃないけど。
そう思うと、妙に心の奥にしまっていたものを、吐き出してしまいたくなった。
俺は苦笑いし、天詩のほうへ向き直る。
「もう一度、友達と遊びに行ったり、わざわざ授業サボったりしたい。青春ごっことか言って、さっきみたいに背中を合わせて語り合うとかさ」
遠い、とても遠い夢だけれど。
俺が苦笑いしたままそう言うと、天詩はまた顔を緩め、ニッコリと笑った。
「じゃあ、僕らこれから背中友達」
天詩がそう言って、手を差し出してくる。
魂取りに来た死神と寿命を過ぎた人間が握手かよ。どこまで能天気なんだ。
……背中友達か。
俺は天詩の言葉に頷き、触れられない手と手で、軽く握手を交わした。
「どう? これから語る?」
「嫌だね。生まれ変わってからにしてくれ」
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