106 かつて地上は、地のわりに多くの人が生きていた。
医学の多大なる進歩は、人の不老長寿という欲望を叶え、砂漠化の進むこの小さな星では支えきれぬほど、生物に溢れていた。
人々は欲深かった。やがてこの星が増えすぎた人類のせいで壊れようとしていることを悟ると、ついに人類を減らす戦争を始めたのだ。
我が国の者だけ生き残ればいい、この星は我が国のものなのだと、敵国の者なら女、子供であろうと、冷酷無情に切り捨て、そして殺していった。
やがて、医学に最も力を入れていた世界は、いつしか兵器に力を注ぐようになり、敵国が新たに兵器を作っては、我が国もそれ以上を作り、繰り返し繰り返し、そして戦争は何千年にも及んだ。
その中である国は、やがて人に見立てた兵器を作り出すことを決めた。
人に紛れてもわからぬよう、より本物に近い人の形に。それも、警戒されることのない子供の形にしようと。
彼らはついに、人に似たロボットを造り出した。しかしロボットは感情もなく従順すぎるため、人の中に入れてはどうしても違和感があり、それは失敗に終わった。
そんなある日、一人の男が呟くように言った。
「ならば、本物の人を造ったらどうか?」
その突飛な考えに、人々は再び、医学へと力を注ぎ始めた。
人を造ればいい。なんという考えだろう。
神にでもなるつもりなのだろうか? しかし、彼らは本気だった。
母親が子を戦場へ送り込むのを惜しまないように、女体を通さぬ“人”として。
そして“兵器”として、彼らは希少な人の持つ不思議な能力に目をつけた。
それが、超能力だった。
それは理想的な“兵器”だった。目に見えなければ、何に攻撃されたのかもわからない。
彼らはその能力を持つ人間を高額で買っては、能力やDNAの研究に没頭した。
そしてついに、造り出したのだ。生まれながらに強い能力を持った、子供たちを。
それが最初のアーティフィシャル・チルドレン、人工的に造られた子供たちだった。
無邪気に大地を駆け回る子供たちを、誰も警戒などしなかった。
しかしその子供たちが通るたびに人々は倒れ、一瞬にして魂の抜け殻へと姿を変えていった。
そんな彼らの噂は、悪魔の存在として瞬く間に世界中へ広がってしまった。
色々な対処法も考えられたが、それも考えて動き回る本物の“人間”には、あまり通用することはなかった。
やがて戦争は終わりを向かえ――子供たちの役目は、終わった。
平和が訪れた地上世界で、彼らは浮いた存在となってしまった。
戦うために造られた子供たち。何人もを殺戮してきた兵器を、人々は受け入れなかったのだ。
人として受け入れられなかった子供たちは、徐々に数を減らしていった。
彼らも人間だったのだ。たとえ母から生まれたものでなくとも、しっかりと生命を刻んでいた。
しかし、やはり操作された生命。その寿命は通常の人間よりも短く、大人になりきれずに命を落とす者ばかり。
そんな中、子供たちの中で自分たちの生命を永らえさせることはできないのかと、研究を始めた者が居た。
人の遺伝子とは、恐ろしく、困ったものだ。
かつてそのせいで増えすぎた人を殺すために自分たちが造られたというのに、子供たちはまさにそれを実行しようとしていたのだ。
しかし、卓越した頭脳を持った彼らは辿り着いてしまった。医学的な不老長寿、そしてやがては、不老不死に。
子供たちは自らの力で命を取り留めた。しかし、そんな子供たちを、人は見て見ぬふりをしなかった。
平和な世の中に、戦時の兵器はいらない。
人々は、超能力を持つ者の排除を始めたのだ。
少しでも能力を持った傾向を見せる者は、子供であろうと、赤子であろうと、すべて捕まえ、殺していった。
しかし、その間にも戦時の忘れ物は着々と仲間を増やし、そしてそ知らぬ顔で人々の中へ紛れ込んでいった。
しかしやがて時は経ち――また戦争が起こってしまった。
今度も人の欲によるものだった。平和になり、裕福になったこの星で、もっと自分たちだけに大いなる幸が欲しい。
そう考えた人間たちは、また超能力者を兵器とし、殺し合った。
再び造られ始めた、アーティフィシャル・チルドレン――そんな、ただ人を殺すことを目的として造られた彼らを救うために、一人の男が行動を起こした。
それが、タツミ=キヨハル。彼だった。
彼は異常なほど長けた能力でアーティフィシャル・チルドレンの製造元を破壊し、子供たちを救出した。
彼は全身全霊をかけて子供たちを守ったが、戦時中のとんでもない反乱を、見過ごす者は居なかった。
世界中が彼の敵に回った。それでも彼は子供たちを守った。自分の身を犠牲にしてでも守ろうとしたが、世界を相手にたった一人。敵う筈がなかった。
追い詰められた彼はついに、地下へある程度の隙間を作り、子供たちをそこへ隠した。
そして彼は、地上世界へたった一人で戦いに出たのだ。
地下へ残された子供たちのもとへ、キヨハルが帰ってくることはなかった。
日に日に子供たちは餓え、一遍の光さえも見えない暗闇の世界で、次々と命を落としていった。
しかし、生命とは、生きる力とは、偉大で、そして恐ろしい――子供たちは死んだ仲間の肉を食らい、それでも地下の世界で生き延びたのだ。
彼らはやがて地下へ自分たちの世界を創ることを決意した。
ほんの少し残った、戦時の兵器たち――その者たちが創り出したのが、この地下世界だったのだ。
彼らは急速に文明を作り出していった。
子を増やし、家を作り、世界を創っていく。
常人より卓越した知能と能力を持った彼らには、何もないと思われる空間からも、何もかもを創り出していけたのだ。
そう、まるでそれは、神のみわざかのように。
やがて世界を作り出した彼らを、地上人はついに見つけてしまった。
しかし彼らを潰そうとはせず、むしろ厄介払いには最適だと、罪人や、同じ能力を持つ者たちを追放する場所へと、地下世界を変えていった。
彼らは文句を言わなかった。これで世界がもっと広がっていく。むしろ、これは良いことなのだと、彼らは自分たちの役目を受け入れた。
地下世界が――自分たちだけの平安の世界が広がっていく。化け物、悪魔と呼ばれた彼らには、それはとても嬉しいことだったのだろう。
そこへ彼は、やってきた。
地上で酷い扱いを受けたミュータントや罪人を連れ、タツミ=キヨハルが帰ってきたのだ。
彼らは目を疑った。生きていたのだ。たった一人の人間が、世界を相手にどうやって生き延びたのだろうか?
自分たちを助け、そして置き去りにしていった男――彼らはキヨハルを、憎しみという形で睨みつけた。
彼らはかつて自分たちが地上で受けた仕打ちを、そのままキヨハルに返した。
それでもキヨハルはめげなかった。君たちが受け入れてくれないのならと、自分たちもその地下へ世界を創り出したのだ。
それがアンダーグラウンドの始まりだ。
自分たちの下に、自分たちをどん底に突き落とした男が悠々と暮らしている――初めはキヨハルのことを忘れようとしたが、彼らは忘れることはできなかった。
やがて、彼は決心した。キヨハルを殺してしまおうと。
それは兵器としての決断だったのかもしれない。しかし彼の人間部分が、その残酷な思考に歯止めをかけた。
傷つけるだけでいい。自分たちがこの世界の主なのだと、あいつに認めさせるだけでいい。
しかし、キヨハルはそれを許さなかった。攻撃どころか、キヨハルの世界へ足を踏み入れることも許さなかったのだ。
彼は怒った。また自分だけ幸せに暮らすつもりなのだと。
彼のその怒りは、地下世界の政治そのものに反映してしまった。
歪み始めた政治に、地下民たちは徐々に不満を覚えていった。
そしてついに、民らは反乱を起こした。政権をこちらへよこせと、彼を攻めたのだ。
特殊な遺伝子を引き継ぎ、能力を持つ者が多いこの地下世界で、彼は圧倒的不利だった。
そして追い詰められた彼は、かつての人と同じことを繰り返してしまったのだ。
Artificial children 造られた子供たち。
そう、GXとして、自分に従順な人型ロボットを造り出したのだ。
人を造らなかったのは、せめてもの良心だったのだろう。自分たちのような子供を増やしたくはないと、心のどこかで思っていたに違いない。
それは成功だった。造り出したGXの力は強く、従順で、彼はそんなロボットたちを愛し、愛しい我が子と呼んでいた。
しかし、そんな力でねじ伏せるようなやり方を、民たちは許さなかった。
やがてまとまった軍をあちこちで作り出し、何度も彼へ反抗した。
しかし彼はそのたびにGXを使い、自分の力の偉大さを見せつけていった。
仕方ないのだと半ば諦めかけた民の下へ、救世主のごとく、また彼は現れた。
タツミ=キヨハルの持つ不思議な力と、そのカリスマ的存在に、民たちは助けを求め、アンダーグラウンドへの移住を始めたのだ。
ようやく創り出した自分たちの平安の世界が、再びあの男によって崩されていく。
彼は再び決意した。キヨハルを殺してしまおうと。
自分の手を汚すほどでもない、ならば、自分たちの創り出した下部たちに行かせればいい。
そして彼はアンダーグラウンドへ送り込んだのだ。造り出した最初の三体の中でも、圧倒的な力を持つ、GX.No,1を。
それはあっさりとしたものだった。戻ってきたNo,1の持ち帰った映像には、しっかりとキヨハルが死んで行く様が映っていたのだ。
「彼はついに、タツミ=キヨハルを殺した」
淡々と語っていたロストさんが、その言葉を最後に、ようやく口を閉じた。
そして縫われた口元が、ニヤリと持ち上がる。
ぼくはその表情から目を離せないまま、ずっと体を固めていた。
突然、様々なことの意味や理由が理解できたような気がした。
どうやらヴォルトも同じようだ。少し顔を顰めたヴォルトも、茶色の瞳だけは丸く見開いている。
本当の造られた子供たち、アーティフィシャル・チルドレン――それが、公司長……お父様だったんだ。
ようやくわかった。ぼくらが、人型をしているわけも、造られた意味も、そして、No,1がキヨハルさんを殺した理由も――
「で……でも、キヨハルさんはどうして、2000年もの時を……」
「バカだな、わからなかったのか?」
戸惑うぼくに、ヴォルトが顔を顰めた。
ヴォルトはわかっているのだろうか? ぼくは頷き、肩をすくめる。
「おそらくそのキヨハルが、一番最初に造られ、その後不老不死を手に入れた、初代アーティフィシャル・チルドレンだったんだ」
ヴォルトが何のためらいもなく、きっぱりとそう言った。
その時、ぼくが驚いて目を見開く間もなく、部屋の外でカタンと物音がした。
ぼくははっとして振り返り、とっさに扉に歩み寄る。
そして扉を開くと、苦そうなタバコのにおいが、ツンとぼくの鼻をついた。
「マ、マルシェさん……」
ぼくは何食わぬ顔で扉へ寄りかかるマルシェさんに、思わず顔を引きつらせた。
まさか、聞いていたのだろうか? 聞こえて、しまったのだろうか……――
引きつるぼくに、マルシェさんは無言のまま、ぼくのほうを指さす。
ぼくは一瞬怯んだが、次に聞こえてきた小さな声に、後ろを振り返った。
フランさんが驚愕した顔を押さえ、ぼくの後ろで小さくうずくまっていた。
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