【企画】歌刀戦記 | ナノ

銀の花 21  


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壊れた馬車を分解した急ごしらえの担架で、応急処置を施した花とシグネを一番近い診療所のある村まで運んだ。
幸い、退役した軍医の経営する診療所だったため、傷ついたウタヨミの治療もすんなりと請け負ってくれた。
俺はずっと花についていたが、腹に残った弾を抜く治療をして、シグネも同室に移された。
その頃には、花も目を覚ましていた。隣で眠るシグネを見て、よかった、本当によかった、と顔をくしゃくしゃにして泣く。
涙を拭ったり鼻をかんだりしていると、ふと隣から小さな笑い声が漏れた。
隣のベッドを見ると、シグネも目を覚ましていた。

「起きたのか、シグネ」
「あぁ……。あーあ……お前らのせいだぞ。お前らがあんまり馬鹿で可愛いから、俺はまた死に損ねた」

ふっとため息をつくと、前髪がずれて、普段革の眼帯を当てている右目が現れた。
右腕から続く、ひどい火傷のあとが露わになる。清潔な白いシーツに埋もれる姿はなんだか弱々しくて、シグネもきっと様々な苦しみを抱えていたのだと言葉を失った。
たった二つのベッドが並ぶ病室に、沈黙が流れる。聞きたいことはたくさんあった。
しかし、馬鹿正直が口を開くより早く、病室の扉が開かれた。よれよれの着物を着た菖蒲が入ってくる。
その後から、顔見知りの流浪が何人か続いた。さすがに全員は入りきらないのか、数名が入ったところで、残りはドアを開けたまま廊下に待機する。
菖蒲は、目を覚ました花とシグネを見て、ほっとしたように微笑んだ。随分伸びた無精髭をかき、俺のそばにある丸椅子に腰掛ける。

「菖蒲……あのさ」
「銀之助、すまないが、皆にわかりやすく順を追って話したい。まずお前の家族は無事だ。敵の手に落ちる前に、護衛をつけて西寄りの流浪の民の村に避難させてある。もう西に戻ることは難しいだろうが、お祖父さんの説得のおかげで助かった」
「あ……そうなんだ。ごめん……」
「謝ることはない。各々が出来ることをしただけのことだ。お前の役目は花緑青を守ることだった。お前はその任務をやってのけたぞ、胸を張っていい」

そう言われ、不覚にも泣きそうになった。

「……俺は花を守れなかったよ。俺が花に守られたんだ。俺が弱いせいで、結局怪我させちゃったし」

思わず弱音をこぼすと、花が俺の手を握ってくれた。
照れくさそうに目をそらしていたが、そんなことない、と小さく首を横に振る姿に、愛しさが込み上げる。
うん、と頷き、菖蒲は説明を再開した。

「では、まず全員が疑問に思っていることから説明しよう。シグネが西の軍人で、花緑青を西に売ろうとしていたことは事実だ」

菖蒲の発言に、周りがざわめいた。
ベッドの上に視線が集まり、シグネは苦笑を浮かべる。

「銀には言ったね。こいつと出会う少し前、西から軍に復帰しないかと誘われたんだ。俺はこの火傷を負った時、命欲しさに戦場から逃げ出した身だ。おいそれと戻れないことは知っていたから、つい目の前のうまい話に飛びついちまった」
「その条件が、花を売ることだったのか……?」
「そうさ。流浪の身であった経験を生かし、目ぼしいウタヨミを見繕って何人か連れてくること、それが条件だ」
「花の他には、誰を?」
「何人かね、目星はつけていた。だが言い訳をするようだが、実行したのは花が最初だ。失敗した今、誰一人西に売ってはいない。……銀之助が現れなかったら、どうなっていたか知らんがね」

シグネの発言で、今度は俺に視線が向く。
そうか、ありがとう、と感謝の言葉をかけられ、とりあえずどうもと頭をかいた。
菖蒲が話を続ける。

「シグネが何か動いていることに気づいて、私は西に潜入し組織の詳細を調べてきた。あぁ、これでも昔は諜報部に居たんだ。その話、どうも裏があるように思えてな。案の定、軍からの正式な命はなく、一部の者が同志を募り暴走しているに過ぎなかった」
「やっぱりか」

シグネが深くため息をついた。
やっぱり、ということは、何となく感じてはいたのだろう。

「まぁ、所々おかしいとは思っていたよ。筆頭が現役時代の上司だったからね、つい信じちゃったけど」
「無理はない。大多数の者が軍の重要人物だった。双方の国はもう疲弊しきっている。終戦を急ぐあまり、このような無謀な行動に出たのだろうな」
「それなら結局花を売ったって、現役復帰どころか、俺は存在を消されていたんだろうな。捨て駒か……まぁ、お似合いの最後を飾り損ねたわけだ」
「死ななくてよかったんだ!」

自暴自棄なシグネの嘲笑を一喝したのは、他でもない花だった。
俺の腕にしがみつくようにして、花が体を起こす。ようやく引っ込んだはずの涙をぼろぼろ流して、今にベッドから飛び出しそうになるところを押さえた。

「シグネが死ななくて、本当によかった。死んじゃったら、死んじゃったら……もう、二度と会えないんだ。こうして話すことも、誰かが答えてくれることもなくて……僕もずっと死にたいと思っていたけど、死ななくて、よかったって……銀に出会えたから、そう思えて……だから、だから……きっと生きてさえいれば……」

興奮のあまり支離滅裂だったが、花が言おうとしていることは理解できた。
自分でもめちゃくちゃなのがわかっているのか、花が唇を噛んで口を閉ざす。シグネがニヤニヤ笑っているのを見て、恥ずかしそうに俺に顔を押し付けてきた。



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