【企画】歌刀戦記 | ナノ

銀の花 20  


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嫌だ、無理だよ、と花が掠れ声で囁く。

「どうして……やっと……やっと好きに、なれたんだ……やっと、わかったのに……」

切ない声を聞いているだけで、胸が張り裂けそうだった。
辛い辛い冬を越えて、ようやく花が心を開いてくれたんだ。それなのに、みすみすここで全てを終わらすわけにはいかない。
距離をとって傍観している観衆が、しびれを切らして銃口を向けてくる。
真っ黒な穴を睨みつけ、俺は口を開いた。

「大丈夫……俺は居なくならないよ。死なないよ」

頭を押さえつけられたまま、俺は言った。
夜風に乗って、その声は届いたようだった。
無理だよ、と震えた声が返ってくる。

「清さんは、それで死んじゃったんだ。僕の歌が、一度きりなら命を奪わないなんて……そんな保証はどこにもないんだ」
「俺は絶対に死なないよ。花、二人で生きよう。キヨさんが繋いでくれた命を、一緒に生きよう」

本当は、この言葉は願いでしかない。
でも、少なくともウタヨミであることを証明できれば、花の命は助かるはずだ。

「怖いよ……だって……大事、なんだ……僕だって銀を失くしたくない……」

手の中で、くぐもった声がする。
今すぐ抱きしめてやりたくて、わなわなと震える両腕を必死に堪えた。
男二人ぐらいなら、力任せに振り払うのは簡単だ。
でもそれでは、きっと俺たち二人の命は助からない。

「花、お願いだ。俺にお前の歌を聞かせてくれ」
「嫌だよ、死んじゃうよ……」
「生きるか死ぬかはお前次第だ。銀之助の命はお前にかかってる。歌ってみせろ、花」
「嫌だ……」
「大丈夫だよ、花。歌ってくれ」
「嫌だよ……」
「花、歌え」
「花」
「いや……」
「花、歌え!」

シグネが声を荒げた。花がひゅっと息を吸う音がする。
共鳴の準備は出来ていた。軍学校で習ったとおり、目を閉じて、心の扉を開き、自分だけに歌が聞こえてくるのを待つ。
辺りの空気がぴんと張り詰めるのがわかった。静寂に、澄んだ耳鳴りがする。しかし、歌は聞こえてこない。
躊躇っているのか、と目を開けた時だった。
二発の銃声が聞こえ、両脇の力がふっと退いた。
何かが俺を飛び越え、前に出る。俺たちを囲むようにずらりと現れた銃を、シグネが両手で掴んだ。
それからはあっという間だった。まるで演習場で見た的当ての的が倒れるように、声を上げる間もなく観衆が倒れていく。
呆気に取られていると、震える手が背中に触れた。振り返ると、何が起こったのかわからないという様子で、花が小さく首を横に振る。
あちらからも発砲音が聞こえ、とっさに花を抱き寄せた。しかし銃弾が俺たちを襲うことはなく、代わりにシグネがぐっと声を漏らす。

「シグネ!」
「何してる!花、歌い続けろ!撃て、銀!」

はっとして、言われた通り目の前の銃を掴み、最後の敵を撃ち抜いた。
タン、と乾いた音をたて、あっけなく人は暗闇に倒れていく。最後に敵の狙撃銃が断末魔をあげたが、光は空へ飛んでいった。
シグネ、シグネ、と花が縋る声がする。膝をつくシグネに、花が這い寄っていた。
腹を押さえるシグネのシャツが、じわじわと赤く染まっていく。花も同じ場所を押さえているのを見て、何が起こったのか悟った。
頭の中に、軍学校の教官の声がよみがえる。軍人と共鳴したウタヨミは、軍人が負ったダメージを一緒に負うことになる。花が共鳴を起こしたのは俺じゃなかった。シグネだったんだ。
裏切りの有無など頭から飛んでいた。とにかく流れる血を止めようと手を伸ばすと、シグネに跳ね除けられた。

「お前が守るべきなのは花のほうだろ!軍人がウタヨミを守らなくてどうする!さっさと助けを呼びに行け!!」

あまりの剣幕に取り付く暇もないまま、俺は蹲る花を抱き起こす。
花は青ざめた顔をしていたが、出血はなかった。しかし苦しそうに息をしながら、それでもシグネに手を伸ばそうとする。

「嫌だ、シグネ、死んじゃ嫌だ……どうしよう、ぎん、銀……」
「大丈夫だよ、俺はここにいるよ」

ずれた眼鏡を外して、次々と溢れる涙を拭ってやる。花は首を振って、必死にしがみついてきた。

「シグネ、シグネは?シグネは裏切ってなかったんだ……僕に力を貸せって、だから歌えって、だから早く、シグネを……」
「大丈夫、大丈夫だよ、花……わかった。とにかく落ち着け、無理に動くな。今、助けを呼んでくるから……」

そう言った時だった。おーいと遠くから声が聞こえ、倒れた馬車を避けて流浪の民たちが駆けつけてきた。
あちらでも一悶着あったのか、焚き火を囲んでいた大半の者たちが武装し、大なり小なり怪我を負っている。最後尾には、シグネの部下の他にも数人、縄に繋がれた奴らが見えた。

「西の小僧、大丈夫か!桔梗屋は!」
「助けてくれ!シグネが撃たれた。花も……共鳴してたから、多分花も」

それを聞いて、流浪の一人が飛び出してきた。
西で医者をしていたという女は、うろたえる俺から花を受け取り、そっと地面に寝かせて診察を始める。
離し難くて、握っていた指先も邪魔だと言われて渋々離した。傍らでは、シグネが大勢に取り囲まれて、銃口や刃が向けられていた。慌てて割って入る。

「やめろ!違うんだ、シグネは俺たちを助けてくれたんだ」
「何だって?聞いていた話と違うぞ」

流浪たちは油断なく武器を向けたまま、怪訝そうに顔を見合わせる。
ざわめきの中でシグネが嘲笑を漏らした。無理に体を起こし、俯いた顔には、玉のような汗が滲んでいる。

「そうだよ、俺はお前たちを騙してたんだ。裏切りは間違いじゃないよ」
「でも、事実あんたは俺たちを助けてくれたじゃないか」
「そうだな……あぁ、くそっ……さぞかし滑稽だろうな」

掠れ声で悪態をつくと、ついに耐え切れずシグネの体が揺らいだ。
倒れそうになった体を支えようとするが、またも伸ばした手は拒否される。
もう一度シグネに武器が近付いた。白い顔で無数の銃口を睨みつけ、シグネは歪んだ笑みを浮かべる。

「ついこの間まで殺し合いをしていた奴らが、お手手を取り合って仲間ヅラしてよ。お前らの平和ボケにはつくづく飽き飽きしてたんだ。とっとと軍に戻って死ぬつもりだったのに……獲物に情がうつるなんてな」

咳き込み、おびただしい量の真っ赤な血が歪んだ唇を染めていく。強がりももう限界だろう。体を支えていた腕がついに崩れ落ちたその時、輪をかき分けて人影が駆けつけてきた。
地面にうな垂れるシグネを抱き起こしたのは、他ならぬ菖蒲だった。馬を飛ばしてきたのか、乗り手を失った馬が横を駆け抜けていく。その後ろからあの酔っ払いの男が続いた。

「撃たれたのか。早く、彼女に手当てを!シグネ、よく思いとどまってくれた。お前を信じていたぞ」
「ははっ、よく言う……」
「もう話すな。早く手当てを!」

二人の間に何があったのかはわからないが、菖蒲は全てを知っているようだった。
花の治療をしていた医者が駆けつけ、シグネの診察を始める。シグネは拒んでいたが、菖蒲が助けを乞い、何人かで押さえつけながら無理やり応急処置が施された。
俺は花のところに戻った。妙に遠くに感じる話し合いの声を聞きながら、目を閉じたままの花を見つめる。
命を落とすようなことはないと言われたが、花の表情は苦痛に歪んだままだった。まだ痛み止めが効いてこないのか、額に汗が浮かび、眉間には深いしわが寄っている。
結局、俺は何も出来ないまま、花とシグネに助けられたんだ。
花を守るって誓ったのに。二度とこんな顔させたくないって思ったのに。
不甲斐なくて、情けなくて、じんと目の奥が熱くなる。
汗を拭い、花の額に顔を寄せた。ひやりと冷たい肌を感じ、ごめん、と何度も呟く。

「ぎん……」

名前を呼ぶ声がして、はっと顔を上げる。花が目を覚ましていた。
眼鏡がなくて見えないのか、ぼんやりとした目を眇める。目尻から涙が零れた。

「花、大丈夫か?」
「銀……生き……てる……?いかないで……」
「大丈夫、生きてるよ。俺も、花も、シグネも」

弱々しく頬に添えられた手を握り、無理やり笑顔を作る。
花はぼろぼろと涙を零し、俺の手を緩く握り返した。

「よか……った……ぎん……僕……僕……」
「うん、花……今はゆっくり休んでくれ。起きたらさ、また話そう。俺はずっと側に居るから」
「うん……ごめん……」
「謝るなよ。好きだよ……花」

必死に俺の手を握る指に口付け、花に覆い被さる。
恋人になって初めてのキスは、涙の味がした。



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