【企画】歌刀戦記 | ナノ

銀の花 19  


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焚き火の輪に戻ると、宴会は盛り上がりの真っ只中だった。見ている間にもシグネは相当飲んでいたはずだが、顔色ひとつ変わっていない。
シグネのところに行くと、俺たちに気付いて顔を上げた。固く組んだ花と俺の手を見せ、口を開く。

「恋人になれたよ」
「へー!そっか、よかったじゃん。よう、こいつらくっついたってさ!銀之助がしつこいのなんのって、とうとう銀の粘り勝ちだ」

白々しい祝福の言葉に、あちこちからおめでとう、仲良くしろよ、と拍手と様々な声があがる。
ありがとう、どうも、と一つ一つに応えていると、シグネがトントンと俺を小突いた。

「それで、もうキスぐらいしたのか?ん?」

その言葉に、花がかっと赤くなって帽子の影に隠れる。
単なるひやかしの言葉じゃないことはわかっていた。恐らく、契約のことを言っているんだろう。

「いや、まだ」
「何だ、手が早いくせしていざという時尻込みかよ。どーれ、お姉さんがお膳立てしてやるか」

シグネは残った酒を飲み干し、仲間たちに中座の挨拶をして立ち上がった。
ついてこい、と指示された通り、シグネの後を追って歩く。
やけに花が大人しいのが妙に思われなければいいと思ったが、シグネは上機嫌な鼻歌を披露していて真意はわからなかった。
ローズダストの馬車まで着くと、シグネはくるりと振り返った。

「で?じゃあ花は、銀の恋人として一緒に西に行くのか?」

問いかけに、花は一瞬強張ったが、こくりと頷いた。

「一緒に居たい、から……」
「そうか。よかったな、銀」
「あぁ、いろいろありがとう」
「……だ、そうですよ」

シグネがトントンと馬車をノックした。
すると、箱馬車が軋む音をあげ、その影から複数の人影が出てきた。
いずれも流浪風の姿をしているが、目つきが全然違う。陽気な流れ者というより、まるで商品を見定めるような目で、俺たちを見て何か話している。やっぱり他に仲間が居たんだ。
みな武装している様子はないが、軍事経験がないとはかぎらない。武器を手にされる前に、行動を起こすなら今しかない。
俺は花を背に庇い、同時に腰から銃を抜いた。素早く発砲して、三人仕留める。
しかしすぐにシグネに銃を蹴り上げられ、もう一丁を抜く間もなくあちらからも発砲された。

「ぎ……銀!」

足を貫通した弾が地面をはじくのを見て、花が引きつった声をあげる。
誰かがシグネに剣を投げ、シグネが突っ込んできた。突き出された細剣を脇で受け、力任せにへし折る。バランスを崩したシグネの体を抱え上げ、仲間に向かって投げつけた。
混乱している間に蹴り飛ばされた拳銃を拾い、花の肩を借りて駆け出した。
向かうは流浪の民たちの馬車が集まる場所だ。大小様々な箱馬車の並ぶ辺りに滑り込み、馬車を次々と持ち上げて転ばせ、道を塞いで時間を稼ぐ。
足の傷を塞ごうとポケットから手ぬぐいを出すと、包まれていた弾が散らばった。
手当している間に、花が銃に素早く弾を込めてくれた。銃撃戦が始まり、倒れた馬車を盾に応戦する。弾が切れたら後ろに放り、花が補充した銃を受け取りまた撃った。
敵が正式に何人いるかは、雲が月を隠してしまったため、暗がりでよくわからなかった。火薬が弾けたあたりを狙って撃っているが、攻撃は依然として止む気配がない。
次の銃をと伸ばした手は空振りに終わった。ついに弾が尽きたのか、花が首を横に振る。
花、歌え、と言いそうになった。しかし恐怖に引きつった花の顔を見て、無理やり言葉を飲み込む。

「やっほ」

その時、ぽんと肩を叩かれた。
危うく殴りかかりそうになった腕を避け、男がひとり、両手を挙げる。昼間赤ら顔で話しかけてきた、流浪の酔っ払いだった。

「待って待って、俺、ショーブくんの友達。もうすぐ仲間も来るからさ、それまで何とか持ち堪えてよ」
「菖蒲の……?あいつ、今どこにいるんだ?」
「きみの家族を逃がしに西へ。あの人物凄い方向音痴だからさ、予定より長くかかっちゃったみたいだけど……あと、これ花ちゃんに」

そう言って差し出されたのは、花の仕事道具の入ったトランクだった。
開くと、壊されたままの俺の銃が出てきた。事情を伝えると、花は手持ちの銃に合う弾を俺に押し付けるなり、素早く狙撃銃を分解し始めた。
月明かりの下、生きるため必死になって自分に出来ることをしようとする。その姿を、俺はとても美しい思った。
花、お前の武器は、ウタヨミの能力だけじゃないよ。

「静かになったね。弾切れ勘付かれたかな」

流浪の男の言葉に、はっと顔を上げる。辺りは妙に静かだった。援軍は期待できないかも、と流浪の男が呟く。
弾を補充し、すぐにでも攻撃を再開しようと思った、その時だった。
ダン、と木箱を蹴る音がし、上から人が降ってきた。ぎらりと月光に光ったものをとっさに避け、銃口を向ける。
しかし、スピードでは相手の方が勝っていた。喉元に冷たいものが押し付けられ、硬直する。

「一人で戦場に立つにはちと早かったな、学生さんよ」

シグネが間に合わなかった俺の銃を押さえ、ゆっくりと取り上げた。

「銀を放せ!」

その時、花が修理の終わった狙撃銃に弾を込め、シグネのこめかみに突きつけた。
銃口がかたかたと震えている。シグネは動揺することなく花を見つめ返し、可笑しそうに笑った。

「はは、ウタヨミが武器を持つのか。花、俺を殺せば銀の命もないぞ。俺がこいつの利用価値を説いてなきゃ、もうとっくに死んでんだ」
「な、なんで……ずっと、仲間だと思ってたのに」
「はぐれの集まりに仲間も何もないだろ。ほら銀之助、立て」

シグネを睨みつけ、拒むと、今度は花に切っ先が向いた。

「ようは歌えればいいんだ。恋人の器用な指落とされたくなきゃ、大人しく言うこと聞きな」

そう言われ、渋々立ち上がる。穴のあいた足を引きずりながら、花を連れて歩き出したシグネを追った。
馬車の影を出たら、すぐ狙撃されるのではと思ったが、銃弾を浴びるようなことはなかった。
シグネに前に出るよう言われ、二人の前に跪く。すると敵方から男が二人駆けてきて、両脇から俺を押さえつけた。

「お前らが余計なことするから、お偉いさんがご立腹でね。本当にそこまでして手に入れる価値があるのか見てみたいって。花、銀之助と共鳴してみせるんだ」

はっと振り返ろうとしたが、頭を押さえつけられてかなわなかった。
背中で花の動揺を感じる。ドンドンと鼓動が胸を叩き、それをかき消すように花が声をあげた。

「い、嫌だ!絶対に、嫌だっ……!」
「拒めば二人ともここで口を封じる。一回くらいで死ぬことはないんだろう?証明できれば西での生活は保証するんだ。さぁ、歌え」
「で、でも、清さんは……清さんはそれで……」

花の声が震えている。やめろと訴えたが、首の骨が折れそうなほど尚更強く押さえ付けられた。
シグネが、ゆっくりと歩き回る音がする。

「どうせ銀から話はきいているんだろ?大人しく協力してくれれば、流れ者でいる必要もなくなるし、もう戦場で怖い思いをしなくてすむんだ。諦めな、罠にはまったお前たちが馬鹿だったんだよ」

悔しいが、その通りだ。
俺が反撃するのも花に話してしまうのも、何もかも見越してたんだろう。
浅はかだった自分の考えを悔やんでも、もう仕方がない。


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