【企画】歌刀戦記 | ナノ

銀の花 18  


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つかの間の夕暮れは終わり、空には満月が上がっていた。
あの日みたいに、大きな焚き火を囲んで輪になっている中に、笑顔で挨拶をして入っていく。
前回は暗い木陰に独り佇んでいた花も、今回はその賑やかな輪の中にいた。早速酔っ払いに絡みつかれていたため、間に無理やり割り込んで座る。
正面には、俺たちを監視するようにシグネが座っていた。三人の部下たちも、流浪仲間を装って人々の間に違和感なく溶け込んでいる。
だんだん酒が回ってきて、次々と酌をしろだの誰か歌えだのと陽気な声があがるようになった。
花も、両手に持ったカップからちびちびと酒を飲んでいる。俺も飲めといろんな人に勧められたが、腹が痛いから、と言って断った。
きっかけが、掴めなかった。シグネはすっかり宴の席を楽しんでいるが、部下たちはなかなか切り出さない俺に苛立ちを覚えているのが見て取れる。
ため息をつき、星空を仰いだ。キヨさん、力を貸してくれ。

「花」
「ん?」

呼びかけると、花はぽーっとした顔で返事をした。
その手から酒を取り上げ、足元に置く。

「ちょっと飲みすぎだろ。酔い覚ましに、散歩しないか」
「あぁ……うん」

手を貸しながら立ち上がり、宴の輪を離れていく。そのまま手を繋いでいたが、花は振り払わなかった。
二人きりで無言のまま草原を歩く。宴の笑い声が遠くなり、時折ゆるく吹く風が耳をくすぐる。

「……どこまで行くんだ?」

しばらくすると、小さな問いかけと共に、花の手が離れていった。
俺は足を止め、振り返る。何か感じ取ったのか、花は少し緊張した面持ちで俺を見ていた。
さぁ、と吹き抜けた風が、花の長い髪を靡かせる。滑らかな黒髪は星屑を散らしたように月光をまとい、光の揺れる青緑色の瞳の美しさに息を呑んだ。
なくしたくない。奪われたくない。ぐっと拳を握り、正面から向き合う。

「……花。やっぱり俺、お前を諦められない。俺と一緒に、西国に来てくれないか」

花が目を見開いた。緑色の大きな瞳が、ゆらりと揺れる。
唇を震わせて、涙を堪えているように見えた。怒ったように眉を寄せたが、怒鳴ることなく、さっと目をそらす。

「キヨさんが忘れられないっていうなら、今すぐ応えてもらえなくてもいい。でも、少しでも希望があるなら、一緒に居たいんだ。叶うなら……俺だけのウタヨミになって欲しい」

花が必死になって守ってきたものを、無遠慮にナイフで切り裂いている気分だった。
花の体が揺らぎ、一歩離れる。大きなキャスケットに隠れて、震えているのがわかった。
やめろ、もうやめてやれ、と頭の中で声がする。
それでも、シグネが見せた冷たい視線が頭を過り、俺は意を決して花の手を取った。
花がびくりとして、振り払おうとする。それでも固く握りしめ、花を引き寄せた。
花は抵抗しようとしたが、すぐに力を抜き、項垂れる。

「……僕の、歌は……普通じゃないんだ。使った人を、どんどん蝕んで……最後には、衰弱死させてしまう」
「うん、菖蒲に聞いたよ。本当……なんだな」
「うん……だから、銀のウタヨミには、なれない。ごめん……」
「謝るなよ。でもさ……もしかしたら、俺はそうならないかもしれないだろ?昔から体は人一倍丈夫だし、病気だって一度も……」
「っ……!清さんも、そう言って死んじゃったんだ!」

花が突然声を荒げ、俺を突き飛ばした。
俺を睨みつける瞳から、ぼろぼろと大粒の涙が溢れてくる。

「も、もうたくさんだ……僕のせいで大切な人が死んじゃうのは、もう嫌だ!こんなことになる前に、僕なんか早く死ねばよかったんだ!死ねばよかったのに……!」
「そんな事言うなよ、言わないでくれよ!俺は、花に出会えて嬉しかった。花が生きていてくれて、生まれてきてくれて、俺は……!」
「そ……そうやって、お前が馬鹿みたいに、真っ直ぐに、言うから……っ!」

止まらない涙を拭いながら、花はぎゅっと懐を握りしめた。

「し……死ねなく、なっちゃった、んだ……死のうとすると、銀の顔が浮かんできて……だ、だから、もう、僕は……」

震えた涙声に、伸ばしかけた手を止める。
ゆるく髪をかけた花の耳が、ほのかに赤い。きっと、酒のせいだけじゃない。
俺を思い出して……耐えてくれたのか。
抱きしめたくて、愛しくて、たまらなかった。
力任せに掻き抱きたい衝動を必死に堪え、そっと花の濡れた頬に触れる。
額に唇を落としても、花は拒まなかった。

「な、何で、僕なんだ……?他に、女の子とか……いっぱい、いるのに……」
「誰かの代わりとかじゃないんだ。花……お前だから、俺は好きになったんだ」
「僕は……使えないウタヨミだぞ」
「ウタヨミとか、戦争とか、東とか西とか関係ない。ただ花が好きだから、ずっと一緒に居たいんだ」

人質を取られていることや、シグネの命令のことは、一瞬頭から飛んでいた。
固く閉じていた蕾が、開こうとしているかもしれない。そう思うとたまらずに体が動いて、花を両腕で包み込もうとした。
しかし花は俺の手首を掴み、自身の硬い胸に手のひらを押し当てた。

「ちゃんと見ろ!僕は、本当に男だぞ」
「知ってる。関係ない」
「忘れられない、人が居る」
「忘れなくていい。……ようやくわかった」
「また……死のうとするかも、しれない」
「俺が止めてやる。何度でも」
「面倒くさい奴だって、思わないのか……?」

徐々に鋭さをなくした視線が、不安げに俺を見上げた。
俺を見つめる花に微笑み、崩れた着物をそっと合わせる。

「うん、最初は思ったよ。でもさ……面倒くさいとこも、こうやってすぐ泣くとこも……どんどん、可愛くて、好きでたまらなくなってくんだ。最初はこういう気持ちがストンと腑に落ちなくて、苛ついたりもしたけどさ。花と一緒に居るうちに、苛つくのも、傷つくのも、それでも離れたくないって思うのも、花が好きだからなんだなって思っちゃうようになったんだよ。あぁきっとこれが、恋なんだなって」
「……本当に、変な奴だ」
「何を言っても、俺は心変わりしないぞ。なぁ……花?」

花の肩に触れ、そっと額を合わせる。

「俺のこと、好きか?」

引き締まった顔をしている自信がなかった。
花は視線を伏せ、口を薄く開いては閉じてを繰り返す。
戸惑いを感じ取り、俺は恐る恐る選択肢″を口にした。

「花……俺のこと、嫌いじゃないか?」
「……うん」
「俺が西に帰るって言った時……寂しかったか?」
「……うん」
「一緒にいたいって、思えるか?」
「……うん」

一つ一つ気持ちを確かめていくごとに、固く閉じていた蕾が、ゆっくりと開いていく気配がする。
花の瞼が震え、宝石みたいな瞳がゆっくりと俺を見つめた。

「花。俺のこと……好きだって思えるか?」
「……うん」
「……そっか」

花が、俺のこと、好きだって言ってくれた。
まるで喜びで体がはち切れそうだ。叫び回りたいくらいの気持ちを、花を抱きしめることでなんとか堪える。
「好き」だけじゃ足りないくらいの感情が、全身を駆け巡ってるみたいだ。
腕の中にある温もりを噛み締めていると、恐る恐る背中に触れてくるのを感じた。
言いようのない幸福を感じ、改めて決意を固める。やっと咲いてくれた、こんなに大切な存在を、あいつらなんかに渡してたまるか。

「花……このまま聞いてくれ。シグネはお前を西に売るつもりだ。俺を使ってお前を西に連れて行かせようとしてる。花のウタヨミの能力が目的なんだ」
「え?な、なんで、それ、どういう……」
「監視されているから、今は詳しくは話せない。だけどそんなこと絶対にさせない。だから……俺を信じて、これから話を合わせてくれ」
「待って……何をするつもり?」

そっと体を離そうとすると、花が服を掴んできた。
すっかり酔いの醒めた頬が、さっと白くなる。

「銀……死なない、よな」
「死なない……絶対。花と一緒に、生きるんだ」

花の手を握り、来た道を戻り始める。
あちらも談笑するふりをして、シグネの部下二人が少し離れてぶらつくふりをしながらこちらを監視していた。
任務の成功を伝えるため花の肩を抱き、早足になりすぎないように側をすり抜ける。



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