【企画】歌刀戦記 | ナノ

銀の花 17  


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 あのまま西に連れて行かれるものだと思っていたが、着いた先は、流浪の民のテントが立ち並ぶ草原だった。
 皆示し合わせて集まっているのか、祭りか何かのように並ぶ色とりどりのテントや旗が、賑わいを一層華やかにしている。
 あの日、一緒に焚き火を囲んだ人たちも何人か見かけた。
 ここに着く少し前、妙な気を起こすんじゃないよと釘を刺され、手持ちの銃は全て弾を抜き、見えない部分を壊して返された。
 花の荷物だけはそのまま渡され、シグネの指示のもと、まずは居場所を確保する。
 四苦八苦して桔梗屋のテントを張り、眠り続ける花を運び入れようとしたところで、あの日一緒に酒を飲んだ男に声をかけられた。

「おー! こないだの学生クン、と……花ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや……昨日、寝てないみたいで」
「そっかそっか」

 顔半分を長い髪で隠したすでに赤ら顔の男は、手に持った葡萄酒の瓶を揺らしながら花を覗き込む。
 やっぱり美人だね、変な人だけど、とニカッと笑う男に、今にも助けてくれと言いそうになった。
 しかし、実際は曖昧に返事をして別れ、俺は大人しく花をテントに寝かせる。
 思えば、シグネの部下が三人だけだって決まったわけじゃない。もしかしたら、さっきの男も、ここに居る流浪の奴らも、みんな仲間の可能性だってある。
 極端な想像にぞっとして、慌ててテントの入り口を閉めた。
 毛布を羽織り、花を抱きしめ、俺も横になる。
 気が付けば、花と向かい合わせに眠るのはこれが初めてだった。
 すうすうと寝息を立てる花を覗き込み、額に口付ける。
 守ってやる。何としてでも。
 家族も、花も、両方守るすべを、何とかして手に入れなければならない。
 眠り続ける花を抱いたまま、必死に脱出口を探した。

    *

 結局日中眠り続け、花が目を覚ましたのは、日が落ちかけた頃のことだった。
 急に腕の中の体がこわばり、体を離すと、目覚めた花が真っ赤になって固まっていた。
 こんな時なのに、あんまり可愛くて、つい笑いそうになる。

「な、んで、居るんだ……」
「あ、ごめん。花、昨日寝てないんだろ? 途中で寝ちゃったから、テント張って運んどいた」
「ここは?」
「なんか流浪の奴らのテントがたくさん並んでるとこ」

 腕の力を緩めると、花は起き上がったが、すぐに頭を押さえてうつむいた。

「頭……痛いのか?」
「大丈夫。多分、寝過ぎ」

 伸ばそうとした俺の手を静止して、花はのろのろと動き出す。
 そして開け方がわからず閉めたままにしておいた荷物に歩み寄ると、その中から小さな水筒を取り出し、水分を補給した。
 その時、ぐう、と腹が鳴った。花の音につられるように、ついでに俺のも音を立てる。
 長く尾を引いた音があんまり間抜けで、ついに吹き出してしまった。大声で笑うと、花も背を向けたまま肩を震わせている。
 あ、もしかして笑ってる?
 四つん這いで近寄ると、花はカップに移した水をぐいっと俺に押し付けてきた。

「もう、帰ったと思った」
「あぁ……うん。あの、今日さ、またここで流浪の奴らの飲み会があるらしいんだ。それに出てからでもいいかなって……花も、出るだろ?」
「うん」
「そっか」

 出ない、と言ってほしかった。
 自然と出たはずの笑顔が強張り、今に逃げろと言いたくなる。
 微妙な表情をしてしまったのか、花が少し不安げに俺を見上げた。

「何でもないよ。空きっ腹に酒はきついからさ、何か食べようぜ。狩りでもしてこようか?」
「いい。今朝、仕入れといたから」

 花が荷物を広げ、その中から握り飯と瓶入りの果汁ジュースを取り出した。
 酸っぱいジュースで喉を潤しながら、握り飯を黙々と頬張る花を眺める。
 あんなことがあったのに、花は俺を拒否するどころか、心なしかいつもより距離が近いように思えた。
 諦めると決意したばかりなのに、普段なら手放しで喜びたいところだ。しかし今は、素直にそれを感じることができない。
 沈黙に耐えられなくなり、急いで食事を済ませ、用を足しに行くと言って外に出た。
 花を取るか、家族を取るか。そんな答えの出ない選択を悩んでも、結局時間の無駄なだけだ。
 戦場で命を散らす覚悟はできていた。だから、この窮地から脱することができる道は、ただ一つ。
 成功したと見せかけて、西に行く前に、俺が、最悪刺し違えてでも、シグネと部下たちを殺すことだ。
 幸いシグネは花の商売道具には手をつけなかった。射撃の腕ならそれなりに磨いておいたし、経験では劣るだろうが、万が一に賭けるしかない。
 あとは、奴らの仲間があれだけなのを祈るのみだ。テントの間を行き交う流浪の民たちを見て、それらしき人物を探す。正直、疑って見ればみんな疑わしい。
 菖蒲はどこに行ったのだろう。まさか、俺より先に始末されてたなんてこと、ないよな……。

「花は起きたか?」

 戦えそうな場所を探し、広場を一周してこようと歩き出した時だった。シグネが前に立ちはだかり、ニヤッと笑う。自由は許さないと言いたいのだろう。
 頷くと、シグネはこれ見よがしに猫なで声で花を呼んでテントに入っていった。
 今文句を言ったところで、事態を悪化させるだけだ。固く拳を握り、耐える。
 シグネが花の体調を心配する言葉をかけ、何一つ疑う様子のない花が素直に返事をする。
 天候や滞在期間などの世間話をして、しばらくしてからシグネが出てきた。

「じゃ、そろそろ始めるよ。あんたたちも参加しな」

 そう言って俺の左胸をドンと叩き、自然と集まり始めた流浪たちのもとへ向かっていく。
 任務を遂行しろ、という意味合いも込められているのだろう。俺はすっと息を吸い、テントに戻った。
 花が出てきたところだった。顔を隠したいのか、大きなキャスケット帽を目深にかぶって、俺を見上げる。

「行かないのか?」
「いや、行くよ。ちょっと着替えて行くから、先に行ってて」
「着替えって……別に汚れてないけど」
「花のよだれでびちょびちょなんだよ」

 軽口を叩くと、花は「馬鹿!」と俺を突き飛ばし、早足に会場へ向かった。
 本気で怒った風でなく、ちょっとふざけてるみたいだった。花がこんな風に接してくれるようになったことに、嬉しさがこみ上げる。
 夕日に向かう姿を見ていると、胸が締め付けられた。待ってくれ、と喉をせり上がってきた言葉を飲み込み、テントの中に入る。
 先程盗み見た手順で花の仕事道具の入ったトランクを開けると、すぐに使えそうな銃が何丁かあった。
 残念ながら狙撃銃はなかったが、俺には花みたいな腕はないし、自分で壊された銃を直すよりは今すぐ使える銃があるほうがありがたい。
 それに弾を込め、同型の拳銃を二丁、背中からベルトに差し込む。
 念のためシャツを着替え、革のベストを着て銃が隠れるかを確認した。
 替えの弾を音が鳴らないよう手ぬぐいに包んでポケットに入れ、テントを出て集まりの場に向かう。




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