【企画】歌刀戦記 | ナノ

銀の花 13  


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 翌朝、目がさめると、腕の中にいたはずの花の姿がなかった。
 体にかけられた毛布をぼんやりと捲り、温もりの残る両手を見つめる。
 はっと覚醒すると、慌ててテントを飛び出した。

「花、花!」
「うるさーい! 朝っぱらから何事だ」

 シグネが馬車の窓から拳を振り上げる。

「花が居ない!」
「顔でも洗いに行ってんだろぉ」

 黙れボケナス、と寝起きの悪いシグネに叱られつつ、昨日見たはずの水場を探して駆け出した。
 日が昇ったばかりらしく、村はまだ静まり返っている。
 曖昧な記憶を頼りに共同の水場へ向かうと、やはり花の姿はそこにあった。
 声をかけたかったが、側に菖蒲の姿を見とめ、やめる。何か話しているようだ。

「それで、武器屋を……なるほど。お前の人選は、間違っていなかったようだな」
「はい。昔馴染みのよしみで……ずいぶん良くしてくれました」
「そうか。……清は、最後までお前を守り通したんだな」

 キヨさんが死んでからのことを、話しているのだろう。
 何だか出て行きづらくて、建物の陰にそっと身をひそめる。

「……はい」

 花が頷き、顔を伏せる。
 また泣いているんじゃないか。そう思ったが、顔を上げた花の頬は濡れていなかった。
 同郷の者を前に、気丈に振る舞おうとしているのだろう。

「清の側に行きたくて、死のうとしてるのか?」

 菖蒲の問いかけに、花は少し悩み、またこくんと頷いた。

「何の……何の役にも立たなかった僕を、清さんが拾ってくれました。その時から、僕は清さんのもので……清さんが居ない世界なら、生きていたって、仕方がない……から」
「清の守った命を捨ててでも、か?」

 花の肩がびくりと震える。
 それでも硬く拳を握り、涙を堪えようとした。

「わかってます。い、生きなきゃ、いけないんだって……」
「そうだ。清の命を継いだつもりで、お前は生き続けなければいけない。だから私は、お前を死なせたくないんだ」
「……銀にも、同じことを言われました」
「そうか。昨日、一日見ていたが……どうやら、彼の気持ちは本物らしい。花緑青、お前はどうなんだ」
「どう、とは?」
「銀之助をどう思っているんだ」

 思いがけない話題に、思わず飛び上がりそうになった。
 花の返事を、聞きたい。でも、聞くのが怖い。微妙な感情の渦巻く胸を、ドッドッと鼓動が叩く。
 花はうつむいたまま、ほんの少しだけ首をかしげた。

「わ……わかりません。どうして、僕なんかに突っかかってくるのか……口うるさいし、強引だし、僕が男なのも知っているのに……もの好きな奴だなと、思います」
「お前は、自分が美人だということをもっと自覚したほうがいいぞ」
「はぁ……どうも……」

 花がぺこりと頭を下げ、呆気なくその話題は終わった。
 ハァ、とため息をつき、その場に座り込む。
 少しでも期待した数秒前の自分が可哀想だ。
 花の気持ちが俺に向いていないことなんて、わかっているのに。

「でも……」

 立ち上がりかけたその時、再び花が口を開いた。

「いい奴だとは、思うので……銀とは、友達になれたら、と……思います」
「友達……そうか。あちらは、それ以上を望んでいるように見えるが、それでもか?」
「はぁ……そういうのは……正直、よくわからないので……」

 心なしか恥ずかしそうに目をそらし、花が髪を耳にかける。
 その仕草が、その表情が、その声が、何もかもが可愛く見えて、俺は思わず物陰から踏み出した。
 菖蒲が足音に気付き、手を挙げて会釈する。

「おはよう、銀之助」
「おはよう、いい朝だな!」

 適当に挨拶を返し、つかつかと二人に歩み寄った。
 身体を拭った後なのか、花の着物は首元が緩み、長い髪を後ろで緩く束ねている。
 後れ毛の残る首筋が色っぽくて、誰にも見せたくなくてガシッと花を抱きしめた。

「なっ、何すんだ馬鹿! 放せ!」
「嫌だ! 心配させんな、花の馬鹿野郎!」

 文句を言う口が、むずむずして笑みを抑えきれない。
 今は友達でもいい。少なくとも花は俺を嫌ってない。今は、それで十分だ。

「も、もう放せよ! この馬鹿力!」

 力一杯突っ張られ、渋々花を解放した。
 何笑ってんだ、と睨まれても、緩んだ口元はなかなか戻らない。
 どうだとばかりに菖蒲を見ると、菖蒲は石に腰掛けたまま、苦々しく笑って俺たちを見ていた。

「銀之助。君が花緑青を本気で大事に思っているのは、よくわかった」
「あぁ。花は死ななかっただろ」
「だが、こういうやり方はどうかと思うぞ」

 そう言って差し出されたのは、昨晩、花の手首を縛った飾り紐だった。
 あ、と胸に触れ、慌てて取り返す。菖蒲に外してもらったのか。

「今度やる時は、布か何かをかませてやれ。あれほどきついと、痛かったはずだ」
「あ、ごめん……」
「シグネが君は馬鹿正直な奴だと言っていたが、確かにそうだな。君は本当に素直で、わかりやすい」

 無精髭の生えた顎をさすり、菖蒲が立ち上がる。
 俺より背の低い男は、こちらを見上げ、まるで悪戯小僧でも見るような目でニヤッと笑った。

「だが、まだたったの一日だ。もうしばらく、側でしっかり見させてもらう。花緑青、店を移動させる予定はあるか?」
「昨日予約が入ったので、今日はまだこの村に居ます。三日ほどしたら、動こうかと……」
「ではそれまでだ。……それと、もうひとつ」

 菖蒲はちらりと辺りに視線を走らせ、声をひそめた。

「シグネには気を付けろ。何やら、企んでいる様子がある」
「シグネが? 時々怖いけど、あいつはいい奴だよ」
「いや。昨晩遅く、外で何やら恰幅のいい一団と話しているのを聞いた。私は眠りが浅いのでな、意識ははっきりしていたはずだ」
「流浪の仲間では……」
「だとしたら、あんなに声を低めて話す必要はないはずだ。昨日の身のこなしや、いやに銀之助の肩を持つところも気になる。何やら同じにおいがするんだ……ただの思い過ごしだと、いいのだがな」

 菖蒲はそう言って俺と花の肩をぽんと叩き、間を通って村の方へ向かっていった。
 俺たちは顔を見合わせ、肩をすくめる。

「……どう思う?」
「シグネは悪い人じゃない、と思う……」
「そっか。花のほうが、付き合い長いもんな。多分、深夜に大声出せなかっただけだろ」
「うん……そうだと思う」

 こくん、と頷く姿が可愛くて、つい花の頭をくしゃくしゃと撫でる。
 何だよ、とその手を払い、少しだけ照れた顔をして花は歩き出した。
 その後を追いながら、自分より少し低い位置にある頭越しに、眩しい朝日の広がる早朝の風景を眺める。
 夜明けとはこんなに鮮やかなものだったかと、胸いっぱいに澄んだ空気を吸い込んだ。




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