流浪の民の村での営業はなかなかに繁盛して、注文された品を出したり膨大な数の雑貨から目当てのものを探し出したりで、大忙しの一日を過ごした。
働く俺を尻目に、店主のシグネは店先でタバコをふかしながら客と談笑したりしていて、正直腹が立ったが、雇い主に逆らうわけにもいかない。
菖蒲は花の仕事ぶりを見たいと言って、桔梗屋の見える位置にずっと居た。
花を無理やり連れて行こうとしたら四の五の言わず攻撃してやろうと思っていたが、菖蒲は懐かしむような目で観察しているばかりで、本当に卑怯な真似は起こさなかった。
その優しい眼差しは、やはり花と亡くなった妹とを重ねて見ているような気がした。
もしかしたら、それ以上の感情があるのではとさえ勘ぐり、今まで感じたことのなかった自分の嫉妬深さに、何だか恥ずかしくなる。
桔梗屋に客が来たのを確かめられたのは三人までで、花の様子は普通に見えた。
笑いもしないが泣きもしないで、淡々と持ち込まれた銃の修理や商品販売をしていた。
日が暮れ、灯りが必要になって来た頃、ようやくシグネから閉店の許可が下りた。
店先に出したものを天幕に押し込み、花を誘い夕食に行く。
夕食は村の食堂で取ることになり、菖蒲の奢りだというから、ここぞとばかりに食べてやった。
一方、花はあまり食欲がないようだった。出された鴨のソテーも付け合わせの端をつついただけで、食べてくれと俺のほうに押しやる。
それからは、終わるまでずっとちびちび酒を飲んでいた。
ここからは大人の時間だのとシグネが宣うので、花を連れて先に戻った。
黙って隣を歩く花は相変わらずうつむいたままで、普通に見えても、やはり母親の死を知ったショックは大きいのだろうなと感じた。
片親だったのだろうか。だとしたら、花は天涯孤独の身になったということになる。
貧しいながらも賑やかな実家を思い出し、花を連れて帰ったらどうなるだろうと考えたが、すぐに首を振って打ち消した。
花が自ら行くというなら、連れて帰ってもいい。
でも、無理強いはしない。なんせ、元は命を奪い合った敵国だ。
桔梗屋に戻ると、花が先に入り、テントの入り口をそっと開けて促してくれた。
それだけで、硬い心を少しでも開いてくれている気がして、心が躍る。
しかし、花は髪を解くと、毛布をずいっとこちらに押しやり、境界線みたいにしてテントの端と端に移動した。
「これ、どうぞ。……じゃあ、おやすみ」
そう言って羽織を布団代わりにして、花は横たわる。
やっぱり、菖蒲を厄介払いするだけのために俺を使うつもりなんだろう。少しは期待していたため、わかっていても、やはり切なくなった。
苛立ちまぎれに丸めた毛布を投げ返し、花に背を向けてごろんと横たわる。するとまた、毛布が投げ返された。
もう一度投げ返すと、またすぐ返ってきた。今度はついでに枕も投げ、また返される。
しばらく無言のままバサバサとはためく音だけが響いていたが、その中に、小さくしゃくりあげる音が混ざり始めた。
投げ返された毛布が濡れているのを感じ、はっと振り向く。
テントの端に座り、項垂れる花の姿があった。
「花……」
「う……お母さん……死んじゃったんだ……」
そう言うなり、花は張り詰めた糸が切れたようにわんわんと泣き出した。
その口から出るのは、今日はキヨさんの名前ではなく、おかあさん、という悲鳴のような言葉。
それに続くのが、会いたいとか、寂しいとかいう言葉でなく、ごめんなさい、ごめんなさい、とひたすら謝り続ける姿に、心をやすりで削られるような思いがした。
毛布を掴んだまま、四つん這いで花ににじり寄る。
毛布で包んでやると、花は腕を突っ張って押し返してきた。
「よ、余計なことするな! もう構うな、さっさと寝ろよ……!」
「嫌だ。今に死にそうな顔して、強がってんじゃない」
暴れる花を羽交い締めにして、一緒に横たわる。
花は文句を言いながらもがいていたが、背中を向けたところで力尽き、ついに抵抗を諦めた。
背中を丸めて泣きながら、むちゃくちゃに涙を拭う。
「みんな……みんな死んじゃうんだ……僕がウタヨミなんかに生まれたせいで……僕のせいで死んじゃうんだ……!」
「違う、花……それは違うよ」
「もう死なせてよ……償わせてよぉ……! こんな奴生きていたって仕方ないだろ……早く死にたいよ……!」
「ダメだ。生きていてくれよ」
「死にたいよ……もう死なせてよぉ……!」
声をあげて泣き続ける花を抱きしめて、悲痛な言葉一つ一つを否定し続けた。
死にたい、死にたい、と花が泣くたびに、言葉の一つ一つが鋭い棘になって、針の筵に寝かされているような気になってくる。
これが、花の感じている世界なんだろう。
好きな奴がこんなに苦しんでいるのに、今すぐ救ってやれる術を何一つ思いつけない自分の無知さに泣きたいほど腹が立った。
せめて妙な気を起こさせないようにするため、酷いとは思ったが、花の両手首を飾り紐で縛り付ける。
ぎこちなく頭を撫でてやるうちに、啜り泣く声は徐々に落ち着いていき、失った人の名を呼びながら、花は俺の腕の中で眠りに落ちた。
ほ、とため息をつき、少しでも呼吸が楽になるよう、花の顔にかかった長い髪を退かす。
相変わらず、しかめっ面で眠る花の頬は少し腫れ、三日前に切りつけた首筋の傷も、まだ瘡蓋として残っていた。
体を起こし、せめてこの傷が早く癒えるようにと祈りながら、かわいた傷口にそっと口付ける。
その日見た夢の中では、銀、銀、としがみついてくる、花の声だけを聞いていた。