【企画】歌刀戦記 | ナノ

銀の花 11  


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「……俺は、誰かの代わりなんか嫌だ。花がいい。俺も俺のまま、花と向き合いたい」

 そう言って立ち上がると、今度は引き止められなかった。
 菖蒲のほうも、シグネのほうも見られないまま、天幕を後にする。
 雑貨屋の馬車に向かい、シグネが寝ていたあたりに行くと、丸めた毛布の隣に花が膝を抱いて座っていた。
 俺に気付いて、ごしごしと袖で顔をこする。

「花、ごめん。その……お願い、きいてやれなくて」
「こっちこそ……ごめん。頼んで……」

 花がうつむいて、ぼそぼそと謝る。
 俺はその場に腰を下ろし、思わず花を抱きしめた。

「よかった。死なないでくれて……本当に」

 確かに腕の中にある温もりに、愛しさが込み上げてくる。
 しかし花は俺を押しのけると、ずれた眼鏡を直しながら、ふいと顔をそらした。

「ごめん……でも、話、きいたんだろ? もう、関わらなくていいから……」
「嫌だ。花が死ななくていいようになるまで、俺は側にいる」
「もう死なない。死なないから……だから」
「俺は居たくてここに居るんだ。花、俺はお前のことが」
「言うな!」

 俺の口をバチンと押さえ付け、花は固く目をつむった。
 また言わせてくれない。ムッとして、口を抑える花の手ひらをわざと舐める。
 ひい、と引っ込められた手を掴み、耳を塞がせないようにした。

「花、お前が好きだ!」
「言うなってば!」
「花が好きだ。だから側に居たい! キヨさんの代わりなんて嫌だ。俺を見ろってば!」
「嫌だ!」

 顔を上げさせようとすると、花は激しく抵抗した。
 あんまり強く掴むと折ってしまいそうで、小さな頭を一旦解放する。
 代わりに肩を掴み、こちらを向かせた。

「聞けよ! 俺は花が嫌だって言ったって一緒に居る。だから俺を頼れ! 死にたくなったら、キヨさんじゃなく俺のところに来い!」
「うるさい! 放せよっ……何なんだよぉ! おかしいよ、おまえぇ……!」

 唇を震わせ、花がぼろぼろと泣き出した。
 顎の下に落ちた眼鏡が涙を受け、ぼとりと二人の間に落下する。
 俺を押し返そうとする花の手を握り、壁際に追い詰めた。
 涙に揺らぐ目が、困惑の色を浮かべて俺を見る。

「何とでも言え。何度言われたって、俺は……」

 涙の伝う顎を掴み、顔を近づける。

「いっ……嫌だ……」

 花がびくりと震え、固く目を閉じた。
 きよさん、と花の唇が動く。

「人の寝床で何やってんだ」

 その時、ギシリと馬車を軋ませて、シグネが乗ってきた。
 力が緩んだ隙に、花が俺を押し返した。落ちた眼鏡をかけなおし、立ち上がる。

「花、菖蒲から話があるってよ。逃げずに聞きな」

 馬車を出て行こうとする花に、シグネが声をかけた。
 馬車の外には菖蒲も居た。見ていたのか、複雑な表情を浮かべている。
 菖蒲は俺を一瞥し、次に立ち止まった花を見上げた。

「花緑青、私はこれを言うためにお前を探していた。清に頼まれた最後の仕事だ。調べたところ、お前のお母上は、八年前、既に亡くなられていた」
「え……」

 突然告げられた訃報に、花の体が揺れる。
 しかしかろうじて踏みとどまり、花は弱々しく頷いた。

「そう、ですか……」
「肺を患っていたそうだ。遺骨は共同墓地に埋葬されている。……だから、花緑青。今度は私がお前を引き取ろうと思う」
「え? ぼ、僕は……もう子供でもないし、この二年間、一人で暮らしてきました。これからも……一人でやっていくつもりです」
「聞けば、もう何度も自害しようとしているそうじゃないか。清の忘れ形見を、そうみすみす死なせるわけにはいかない」
「軍人様には、助けていただいて、本当に感謝しています。でも、もう、ほっといてください……」

 花の語尾が揺れていた。菖蒲が踏み台に足をかけ、花に手を伸ばそうとする。
 気付いた時には、俺は駆け出し、その手から遠ざけるように花を抱きしめていた。

「花のことは俺が見てる! もう絶対に自殺なんかさせない」

 威嚇するように菖蒲を睨み付けると、明らかな嫌悪を浮かべて睨み返された。

「君は軍人になるのだろう。東の人間である花緑青を、西に連れて行くつもりか?」
「わからない。花がそうしたいなら、それでもいい。俺の祖父さんだって東の人間だ」
「家族を養うために戦場に出る君が、もう一人抱え込めるほど余裕があるとは思えないが」
「うるさいな……何とか、何とかなるだろ!」
「何より、それは君を拒んだように見えたが?」

 この追撃には、さすがに言葉がなかった。
 確かに、花は俺の想いに応えてくれなかった。でも、少なくとも今腕の中にいる花は、俺を拒まずじっとしている。
 どんな顔をしているのか見たい気持ちもあったが、花はうつむいたままだった。

「悪いけど、俺はこっちの肩を持つよ」

 その時、ぽんと俺の肩に手を乗せ、シグネが言った。

「俺もこの馬鹿と同じ西の人間でね。国は捨てたけど、同胞を助けたくなるのはあんたと同じだ。恋の東西戦争といくかい?」

 うん? とからかうような笑みを浮かべ、シグネはトンと菖蒲の肩を小突いた。
 菖蒲が肩をすくめ、ため息をつく。

「二対一か。分が悪いな」
「三対一だっ」
「ま、最終的に選ぶのは花だけどね。そんなに心配なら、銀之助がどうやって花を守るのか、側で見ていたらどうだ? どうせ、急ぐ旅でもないんだろ」
「どういうことだ?」
「俺はしばらく桔梗屋を追って店を出す。だから銀、お前は花のところで寝泊まりしな。昼間は俺の店を手伝い、夜は花の側にいる。天幕はすぐそばに張るから、昼間も監視していていい。それでいいだろ」
「では私も」
「あんたはうちに泊まりなよ。ガキはもう勘弁だけど、いい男はいつでも大歓迎」

 シグネが軽やかに飛び降り、菖蒲の腕に絡みつく。
 参ったな、と苦笑しながら、菖蒲はこちらを見上げた。

「花緑青、お前はどうなんだ」

 その問いかけに、花は俺の腕をぎゅっと握った。
 無言の返事と取っていいのか、花は動こうとしない。
 シグネが菖蒲から離れ、リズム良く手を叩く。

「さ、話が纏まったら店開きだ。銀、手伝え」
「え、でもさ……」
「大丈夫。東の軍人さんは目を離したすきに掻っ攫うような卑怯な真似はしないよ。な?」
「あぁ」

 頷く菖蒲を疑いつつ、そっと花を放す。
 花は無言のまま馬車を降り、天幕の隅に置いた荷物を開き始めた。店を出すつもりらしい。
 一人でテントを張る背中はなんだかいつもより小さく見えて、声をかけたかったが、シグネに引っ張られてそれはかなわなかった。




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