【企画】歌刀戦記 | ナノ

銀の花 10  


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「花……」

 いたたまれなくなって、立ち上がる。今すぐ抱きしめてやりたかった。

「ところで、白月君」

 腰を上げた時、菖蒲が話しかけてきた。

「銀でいいよ」
「君は花緑青が好きなのか?」

 ストレートな問いかけに、耳がかぁっと熱くなる。

「美人だからな、あれは」
「そりゃそうだけど、それだけじゃない! あんたのさ、その……花を物みたいに言うの、腹が立つ」

 顔をそらして言うと、あははと笑い声があがった。
 幼い笑みを浮かべて、いやすまない、と菖蒲が手を振る。

「あまりに判りやすいのでな。若いとはいいものだな」
「もう19だぞ。あんただってそんなに変わらないだろ」
「いや、こう見えて私は三十路だ。よく若く見られるんだが」

 絶対嘘だと思いつつ、座れと言われたため、浮かせた腰を下ろす。

「見た所、君は西の人間だな。花緑青をどうするつもりだ? 自分のウタヨミにしたいのか」
「最初は……少しだけ、それもいいなと思った。でも、その話を聞いたら、もう言えないよ。そんなこと……」
「あぁ、信じてくれて助かる。もう犠牲者は出したくないのでな」
「あのさ、そうやって花のせいみたいに言うの、やめてくれないかな。花は悪くないだろ」

 菖蒲と話していると、東の人間がどんどん嫌いになっていく気がした。
 無意識に、自分の右手につけた、ナンバーの入った銀のブレスレットに触れる。
 外そうと思えば簡単に千切れそうなそれは、絶対に外せない、枷のようなものだった。

「俺、西の貧民街の出身なんだ。体格を買われて、家族を養うために軍人になった。もとは奴隷みたいなものだ。俺たちを扱う奴らは、あんたみたいに人間を物みたいに扱った。あれ、これ、それ、って。俺は特別東に恨みはないし、正直戦う意味もわかってなかったけど、東の人が皆あんたみたいな人間で、花をそういう風に扱うなら、俺はやっぱり東と戦いたいと思う」

 正直に言うと、菖蒲は少し眉根を寄せた。

「ウタヨミは軍人の道具、そう割り切って戦い続けたのでな。まだ癖が抜けていないのだろう。……気が変わった。やはり花緑青は私が引き取る」

 突然告げられた言葉に、衝撃が走る。
 菖蒲の顔つきが変わった。シグネに向けられたみたいな、明確な敵意のある目がじろりと俺を睨みつける。

「な……何のつもりだよ!」
「国を捨てたとはいえ、故郷を思う気持ちに変わりはないんだ。いずれ敵となるものに、みすみす武器を当てがう馬鹿にはなりたくない」
「武器になんかしないって言っただろ! 俺は、ただ花のことが……武器としてとか、ウタヨミとしてとかじゃない。一緒に居たいだけだ。死なせたくないんだ。あんただって、どうせ花にあやめとかいう妹を重ねて見てるくせに、そんな奴に任せられるかよ」

 勢いのままぶつけたが、あながち外れてはいないはずだ。
 菖蒲が動揺を隠すようにぎゅっと唇を結ぶ。

「そんなつもりはない」
「違うね。あんただってキヨと同じじゃないか。さっき花の髪を撫でる時、あんたは兄貴の顔になってた。どいつもこいつも、そうやって花を誰かの代わりにしたいだけなんだろ!」

 力任せに床を叩き、はっとした。
 花はあやめの代わりになろうとした。
 その花に、俺はキヨさんの代わりになると言ってしまった。
 腕の中で、どうして、と泣いた花の体温が蘇る。
 自分も同じことを、花が最も苦しんだことを、再び繰り返してしまったんだ。




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