あったまることしようよ


開けっ放しにした窓から入り込んだ風が頬を撫でる。ぼんやりとした視界の端に捉えたのは、見慣れたオレンジ色だった。小さな照明が一つ点いただけの薄暗い部屋の中でも確認出来たその色。

数回、まばたきを繰り返すと視界がクリアになる。自分の頭の中で状況を整理してから、目の前の背中に声を掛けることにした。

「えんどうくん」

絞り出たのは、驚くくらいに小さな声だった。その声があまりに小さすぎてもしかしたら聞こえなかったかもと思ったが、円堂君は素早くこちらを振り返ってヒロトと名前を呼んでくれた。俺に合わせてくれているのか、いつもより幾分声が小さい。

俺はどうやら随分と長い事眠っていたようで、カラカラに乾いた喉は酸素を取り入れる度少し引きつるような感覚がする。

「いつ、来たの?」
「あ!悪いな、起こしたか」

そう言ってベッドの縁に手を付き、俺を覗き込む。二人分の体重がかかった瞬間ベッドがギシリと小さな音を出した。
円堂君の顔を見るのはもう随分と久し振りな気がしたのでそう伝えると、今朝会ったばっかだろと笑われてしまった。

どうやら彼が此所に来たのは今さっきのようだ。大丈夫かと問われ、指先が頬に触れる。てっきりここに居る筈のない彼を思って自分の都合の良い夢でも見ているのかと思ったが、どうやらこれは現実らしい。窓の外、意識が無くなる前に見た茜色のグラデーションがかった空は、今はもう真っ黒に塗りつぶされている。

頬、額、それから手の平。彼が触れたところがじんわりと熱を持つ。円堂君からは、まだ微かに外の匂いがした。

「ごめんね、俺、今日一日練習」
「いいってそんな!それより熱、もう下がったか?昨日から具合悪そうだったもんな、ヒロト。もっとちゃんと気にかけてやればよかった。ごめんな」
「ううん、心配かけて本当にごめん。あ、今日の練習はもう終わったんだよね?わざわざ、来てくれたの?」
「おー!そしたらおまえ苦しそうな顔して寝てるし。すげー焦った!」

そう言って笑う円堂君は、本当にかっこいいと思う。俺の顔が熱くなったのがわかった。ただでさえ熱があるのに、これ以上体温が上がったら俺の頭は湯気を吐き出しそうだ。

「ふふ、でもびっくりした。起きたら突然円堂君がいるんだもの。こういうの、不法侵入って言うんだよ?」
「あっ今日はちゃんとノックしたんだぞ!ヒロト寝てたけどな!それに、俺なら別にいいだろー」
「円堂君に入られるのが、一番厄介です」
「あはは、なんだよそれひでぇなー」

額に乗せられた大きな手のひら。その体温が俺のとゆっくり混ざってく。幸せで、何だか眠たくなる。焦点の合わない目でぼんやりと彼を見ていると、触れるだけのキスをされた。

「だめ、風邪、移るよ」
「そりゃ困るな。明日からはまたヒロトと一緒に練習したいし」

どの口が言うのか。と言ってやりたかったけど、まるで子供みたいに嬉しそうな顔を見ると言い返す気なんて失せてしまう。

「やっぱり円堂君がいると熱上がりそうだし、帰って貰おうかな」

「ええー」なんて拗ねた子供の様な表情で不服そうな声をあげる円堂君は、まだ俺の手を握っている。その手は優しいけど力強い。そんな事さえ俺は嬉しく思った。

「…円堂君」
「ん?」
「手がね、冷たくて」
「寒いのか?」
「うん、そう。だから暖まるまでの間、ここに居てくれる?」
「おお!もちろんだ!」
「じゃあさ、一緒に、」

俺がその言葉を最後まで言い終えると同時に、円堂君は一瞬驚いた顔をしてから困ったみたいに笑った。俺は世界で一番この顔に弱いのだ。それと同じように、彼も俺には弱い、なんて、そう思ってもいいのだろうか。
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