1日目


重い足取りで古びた階段を上る。それは一歩ずつ足を置く度にギシリギシリと不安気な音を立てている。3階の一番端、そのドアの前にで一人分のカップラーメンとコーラが入ったビニール袋を右手に持ち替え、ジャケットのポケットを探る。目当てのものが指先に触れるのを感じたのと丁度同時。声を掛けられたのは、それが初めてだった。

「おかえり」

視線の先、空き部屋だった筈の隣の部屋のドアが開かれていて、上下スウェット姿のいかにも寝起きですというような男がそこに居た。その男は満面の笑みを俺に向けながら、もう一度おかえりと口にした。

「遅かったな。いつもこんな時間なのか?」

俺が高校に上がり、此処で一人暮らしを初めてもう約二年が経った。家族はここから電車、飛行機、更にバスを使わなければならない程の田舎に暮らしている。つまり、当たり前だが俺の帰りを待つ相手なんて少なくとも此処には居ない。おかえり、という台詞なんて聞いたのは随分と久し振りだ。ポケットに手を突っ込んだまま突っ立っている俺に、その男はなんだかうさん臭い笑顔を貼り付けたまま近付いて来ると、俺の持っているビニール袋を覗き込んだ。屈んだ際に染めてるんだか地毛なんだかわからない茶色の髪が直ぐ目の前で揺れ、反射的に目を閉じた。

「これだけか?」

典型的な現代の若者ってやつだなぁなんて感心したように言いながら、顔を上げた。切れ長の瞳が俺を見つめている。そこには間抜けな顔が映っていて、それを見た俺はそこで初めて動き出せるようになる

「え、誰、てか何の用」
「俺は源田だ。よろしくな、佐久間」

そう言って笑い手を差し出す顔は、最初の印象と違い、なんだか幼く見えた。これが人懐っこい笑顔というものなのだろうか。その時俺はそんなどうでもいいことを考えていた。

「ええと、用ってゆうか、俺今日から隣に越して来たんだ。よろしく頼む」

身長は俺より随分高い。髪型がなんていうか…前衛的だ。現代の若者がとかなんとか言っていたが、見る限りコイツも対して歳が変わらないんじゃないのか。へらへら笑うそいつになんだか酷く拍子抜けしてしまった俺は、柄にもなく握手なんてしてしまった。何が何だかよくわからないまま、おぉとかあぁとか適当な相槌を打ちその場をやりすごした。そういえば、どうして自分の名前を知っていたのだろうか。まぁあいつは隣に住んで居るのだから、また嫌でも顔を見ることになるだろう。その時にでも聞けばいい。そう思いながらたいして美味くもないカップラーメンを啜った。


(1日目)
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