ここで生きています


「本当は優しい人なんだ。ただ、少し心が弱いだけ」

何度目だろう。そう言った佐久間は、いつものように笑ってた。


佐久間の左手薬指、そこに指輪がはめられたのは今からもう1年も前のことだ。だからもう厳密には佐久間はもう佐久間ではないのだけれど、今更呼び方を変えることは思った以上に困難で、結局佐久間に無理しなくて良いと言われそれに甘えている。

「痛いか?」
「ううん、痛くないよ」

俺は佐久間の元を頻繁に訪れこうして手当てをする。その間、佐久間はいつも酷く嬉しそうにしている。俺はあらゆる方法で佐久間を守ろうとしたが、それは今もまだ出来ずに居た。佐久間が、佐久間自身が救い等求めていないのだ。幸せだと笑うのだ。その度俺は泣きたくなった。

細い手首に、慣れた手付きでくるくると包帯を巻いていく。傷はまだ新しく、酷く痛々しい。不器用な俺が、包帯を巻くのが上手くなった。いつしか佐久間には悲しい匂いが染み付いていた。

「こんな、痛くないわけないだろ」
「ううん。全然痛くない」

そう言って無邪気に笑う佐久間の唇の端には血が滲んでいる。肌に残る真っ赤なそれは、佐久間が生きていると大声で知らせているみたいだった。
傷口をそっとなぞりながら俺は、馬鹿の一つ覚えみたいに今日もまた同じ台詞を口にする。

「佐久間、すきだ」
「ありがとう」

これもいつもと同じ。決まって、こう返される。どんなに声に出したって、意味なんかないのかも知れない。でも俺は馬鹿みたいに願ってしまう。なんてことないただ、あの頃みたいに、佐久間が笑える世界を。

(アイツなんかよりずっと前から見てた。アイツなんかより、俺が、ずっとずっと)

「ありがとう、源田」

傷だらけの手で頬を撫でられる。佐久間の手は暖かかったけど、その目に俺は映ってなかった。

頼むから。たった一度でいい。佐久間が望んでくれたなら、俺は、佐久間をあの男から奪ってあの男を殺して、この手を引いて連れ去る。それは俺にとっては簡単で。きっと、ほんの一瞬で出来ること。それでも佐久間は泣くんだろう。あの男のことを想って何度も何度も。俺を憎んで、涙をいっぱい溜めた目で、俺を睨むんだろうか。ただ佐久間が幸せに過ごせる世界を、他の誰でもなく俺が作ってやりたかった。ただそれだけだった。でもそれは、きっと佐久間を生かしながら殺すことになる。生かしてやりたいのに、殺すなんて

「俺に出来ることなら、何でもするから」
「何言ってるんだ」

そう言ってまた笑う。こうやって手当てしてくれるのが嬉しい。充分だとそう言って本当に嬉しそうに笑う。無邪気にそう口にする佐久間。その笑顔は、すぐに滲んで見えなくなった。

何度も何度も名前を呼んだ。震える声で何度もすきだと告げた。傷だらけの身体を抱き締めて、何度も何度も。笑ってくれる佐久間と、笑ってあげられない自分。いつも俺らは正反対だった

「ありがとう。源田。でも大丈夫。幸せなんだ。だからそんな顔しないで」

幸せ。幸せ。
なぁ佐久間。そんな風に言われたら、俺は頷くしかないじゃないか。
俺の幸せイコール佐久間の幸せになればいいのに。でも俺たちは所詮個々で生きている人間で、そう簡単にはいかない。それがこんなに悲しいことなんだって初めて知った。ここで生きていく事を選んだのは、他でもない佐久間自身だ。

その日佐久間は初めて、ごめんなさいと言った。たった一度だけのそれは、泣いてるように聞こえた。

やっぱり、笑っていたけど。
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