無神論者のわたしが唯一、神様に感謝してること


最期は愛する人の膝枕で死にたい。って言ってた。少なくとも今よりずっと、わたしが真っ当な生き方をしていた頃に聞いた。誰だっけ…あ、そうだ。あいつだ。もうずっと前に死んでしまったけど、わたしの数少ない友達だった。(彼は結局、真っ白な病室でたった独りきりで死んでしまった)

きっと、あいつからしたら今このわたしのシチュエーションは大層羨ましがられるものなのだろう。
わたしは膝枕をされていた。残念ながら男だが、間違いなくわたしの最愛の人、なのだろう。まるで霧がかかったかのようなぼんやりとした頭では、今のこの状況を理解するのに随分と時間がかかってしまった。

「全然やらかくない」
「おまえ、第一声がそれかよ」

沢山の人の急ぎ回る足音、叫びに近いような声と、何かが焼ける音がする。目を閉じてもわかるのは、火薬と、それから血の匂い。殴られた時に切ったんであろう、口の中は鉄の味がする。痛みはもう感じなかった。
この世界で生きていくと決めた時に覚悟なんてとっくに出来ていた。死ぬことが怖いと感じたこともなかった。元よりあまり自分に関心がなかったから、そうなるのは簡単だった。
なのに今わたしの左手は、まだ未練がましく拳銃が握られたまま力なく地面に落ちていた。息を吸う度に喉がひゅうっと乾いた音を立てる。

「危ない仕事は受けんなっつったろ」
「別に危なくない。ちょっとしくじっただけ」
「おまえがしくじるって時点で充分危ないだろ」

地面に手をつき上体を起こそうとするが、感覚の無い身体では上手くいく訳がなく。わたしのガラクタみたいな身体はそのまま元に位置に戻された。動くな、直ぐに医療班が来る。目の前の男が険しい顔でそう告げる。

「なに、怒ってるの?バーン」
「そう見えるか」
「とっても」

バーンは不機嫌ですという顔を隠しもせずに、真っ赤な髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。いつも眩しいくらいに綺麗なそれは、今はくすんでしまっている。

「バーン、汚れてる」

そう言って自分のスーツの袖で汚れを拭おうと腕を持ち上げると、手首を捕まれ制された。

「おまえの方が、よっぽど、」

バーンが泣きそうに顔を歪めた。なんだろうと掴まれたままの自分の手を見ると、わたしの手は血でどろどろに汚れていた。あぁ、なるほど。わたしは、もう少しでこの血でバーンを汚してしまうところだったのか。

「なんで、おまえが、」

おまえがこんな目にあわないといけないんだ。
闇に降る声は紛れもなくバーンのものだ。さっきの険しい顔は何処へいったのか。ちょっとかっこいいと思ったのに。
今にも泣き出しそうな情けない顔の男がわたしを見下ろしていた。そういう顔は、見慣れたもの。昔のまんま。しばらく会わない間に少しは男らしくなったと思ったけど、実は何も変わっていないのかもしれない。

「おまえのこんな姿…もっと、もっと早く、俺がちゃんと、守れば、俺が、」
「何それ。きみはわたしより弱いだろう」

守るだなんて。可笑しい。本当に変なバーン。ふふ、と笑うと、痛いくらいに手を握り締められる。

「おまえが大事だ」

そう言ったバーンの手が、どんどん赤く染まっていく。私はそれが怖くて怖くてたまらなかった。離してと言うと、逆にもっと強く握られる。指を絡めとられてしまってはもう解くことなんて出来なかった。

「頼むから。惚れた奴一人くらい守らせてくれよ」

頼むから。連れていかないでくれ。
それは泣いてるんじゃないかってくらいに震えた声だった。馬鹿だな。さっきから一体誰に頼んでいるんだ。この世に神等ありはしないのに。
バーンはまるで祈るかのように目を閉じ、指先にキスをする。この戦場に似つかわしくない、そんな光景だった。

もう手の力は弛められていたのに、わたしはそれに、縋っていた。

「変なバーン」

頬に温かな雫を感じながら、わたしは笑って目を閉じる。
変なバーン。わたしはこんなに幸せなのに。

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テーマ「人外ファンタジー」
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