この景色から消える


絶対に泣かないだろうと高を括っていた俺は今、目と鼻を真っ赤にして空を見上げている。3年間を共に過ごした友達との別れは思いの他悲しいものだった。でも俺の場合は、それだけじゃないのだけれど。

「南雲?」

誰もいない屋上でひとり、一丁前に干渉に浸っていた。今日卒業するともなると、誰だって黄昏たくもなるだろう。
そんな俺の名前を呼んだのは、この学校に入学してからずっと俺の担任だった男、涼野風介だ。ふわふわとした髪を揺らしながら俺の元に歩いて来ると、俺のぐちゃぐちゃの顔を見るなり笑った。そうだ。こういう奴なんだ。こいつは。

「こんな所で何をしている?まさか泣いているのか?卒業如きで?今生の別れでもあるまいし」
「…悪いかよ。」

てかそれ教師の台詞かよ。もっと感動的な事言ってみろよ。とは、言わないでおく。

なぁ先生。俺はこのままこの景色から居なくなっちゃうけど、そういえば何か変な生徒が居たなぁって、そんなふうにたまにでいいから、少しだけでも覚えててね。なんてそんな可愛いこと絶対に言えたもんじゃなくて。如何にもどうでもよさそうに「俺のこと忘れんなよ」と言ってやった。笑われるとばかり思っていたのに、先生は黙ったまま眉間に皺を寄せている。

「まあ、一ヵ月もしたら忘れているだろうな」
「……そこはさ、あぁおまえのことは一生忘れないぜ!って、感動の台詞を期待してたんですけど」
「どこの熱血教師だ。教師だって人間なんだ。何百人て生徒受けもってたら嫌でも忘れる」
「それを言っちゃあおしまいな気が」
「だからおまえが此処へ来ればいいだろう。私が忘ないようにすればいい。それだけの話だ」

反則だと思った。いつもいつもこのひとは本当にずるい。ある意味天然なんじゃないだろうか。それを言ったら「おまえにだけは言われたくない!」って怒鳴られたことがあるから言わないけれど。(あの時の真っ赤になった先生、すげぇ可愛かったなー。我慢出来なくてちゅーして押し倒したっけ。その後腹に蹴りくらったのもまあ、今ではいい思い出だ)

先生の手が俺の頭を撫でる。俺はぐしょぐしょになった袖で、鼻を擦ってから、声をあげて笑った。

「なんかその台詞の方が、よっぽど熱血教師みたいだぜ?先生」

今までありがとうございましたさようなら。そう言って握手する代わりに、俺は先生の腕を掴んでその細い身体を抱き寄せた。ふわふわした髪が頬に当たって少しくすぐったい。入学当初は俺の方が随分と小さかったのに、今ではこうやって先生を腕の中に収められるくらいには成長した。背はまだ、ちょっとだけ負けてるけどさ。

「あのさ、俺、先生の事すきだったよ。すっげーすきだった。本気で。」

最後だから言わせてな。何だったら、忘れてくれて構わないからさ。なんて、最後らしい事言って更に強く抱き締める。
先生の顔は見なかった。見なくてもわかった。きっとあの時と同じ、真っ赤な顔して、俺を突き飛ばして大声で怒鳴って…ん?


「え、なに、先生泣いてんの?」
「…っうるさい!悪いか!」
「あのさ、大丈夫だって。俺、しょっちゅう会いに来るし。てか、会いに行くし」
「いい!来るな!」
「もう教師と生徒じゃないから、遠慮もしないし」
「今までだって遠慮なんてしたことないだろうが!」
(…やっぱ、これって脈ありだよなあ。)

そうやって口では可愛くないことばっかり言いながら、その手は俺の背中をぎゅっと握って離さない。これ、かわいいって言ったら怒るかな。というか、今は何言っても怒るだろうな。
頭を俺の肩口にぐりぐりと押し付け絶対に顔を見せまいとしている。俺は小さくしゃくりあげる声を聞きながら、ブレザーに染み込んだ涙の跡が消えない事を願った。


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