指先から零れる


誰も見てないから、と言って佐久間の手を取る。俗に言う恋人繋ぎというやつをして、誰もいない道を歩いた。いつもならば外で手を繋ぐ事等絶対に許しはしない佐久間が、今日は大人しくされるがままに俺に手を引かれている。もしかしたら佐久間も、俺と同じ気持ちなのかも知れない。そう思うと、些か複雑な気持ちになる。

今年一番の冷え込み。どこのニュースの天気予報でもそう言っていた。こんな日に外に出る奴の気が知れないと渋る佐久間を半ば強引に家から連れ出したのは、今から10分程前の事だった。その為、今の佐久間は些か不機嫌だ。
普段から薄着の佐久間と居る所為で、俺のマフラーはいつの間にか佐久間専用になっていた。今日もまた、ぐるぐるに巻かれた俺のマフラーは佐久間の鼻の上までをすっぽりと多い隠している。見えないが、きっとその下の鼻は真っ赤になっていることだろう。時折、鼻を啜る音が聞こえていた。

目的地に辿り着き、足を止める。そこは、佐久間の家から一番近い公園だった。そこに一つだけポツンと置かれたベンチに佐久間を座らせる。尻が冷たいと言う佐久間の声を聞きながら、繋いだ手はそのままに隣に腰を下ろした。

「佐久間、上」
「上?」

冬の晴れた日は、空がとても高い。ピンと張り詰めたような冷たさの中で佐久間と見たそれは、綺麗な、どこまでも澄んだ青い空だった。

「うわ、すごいな…」
「寒い日はこうやって空が澄んで、凄く綺麗な色になるんだ。佐久間は、あんまり空とか見ないだろう。だから見せたかった。一緒に、見たかったんだ。」
「これだけの為に、わざわざこんな、くそ寒い中」
「ごめんな。付き合ってくれてありがとうな。」
「ううん。ありがとう」


まさかの佐久間からの感謝の言葉を聞いた俺は、馬鹿みたいに口を開けたまま固まってしまった。それから動けるようになるのと同時に、頭の中を色々な感情が過ぎった。

本当は、「何処に居たって空は繋がってるんだ」とか「俺はいつだってこの空を見上げて佐久間を想うよ」とか、何というかその、格好いい台詞を伝えたかった。昨日の夜、沢山考えたんだ。結局必要のないものになってしまったけれど。俺だってそれなりに、格好つけたいと思う時があるんだ。惚れた相手の前では、特に。
そんなことを考えていると、ふいに佐久間が俺の手を強く握り返した。そして、身体を乗り出し俺の唇に触れる。

「ありがとう、源田」



(…キスされるのかと思った)

俺の唇に触れたのは、冷たい指先だった。

。その時何故だか俺は、佐久間が泣いているような気がした。実際は全くそんなことなかったのだが、本当に、なんとなくそう思ったのだ。それは無意識に声に出ていたらしく、佐久間が「泣いてない」と言った。消え入りそうな声だった。俺はそれに、そうかと返すだけで精一杯だった。



元来た道を、ゆっくりと歩く。繋いでいた手は解かれ、今の佐久間は帰りに立ち寄ったコンビニで買ったあんまんで手を温めている。手が離されたことに少しの寂しさを感じながらも、その姿は俺をとても幸せな気持ちにさせた。

「さっき、キスしてくれるのかと思った。」
「何だ。不満か?」
「いや。充分だ。」

充分だ。佐久間から、ありがとう、なんて言ってもらえたのだから。
すると、佐久間が俺の腕をぐっと掴む。そして大きな瞳で俺を見上げて、更に続けた。

「だってそういうのは、おまえが得意だろう?」

いつだって、俺は佐久間に適わないのだ。俺は佐久間のマフラーを下ろし髪を耳にかけ、そのまま唇を寄せた。
明日、いってらっしゃいと頑張れと、あと何を言おうか。今日みたいに格好悪いのはごめんだが、頭で描くようなものは、今の俺には出来そうもない。


その後半分にして食べたあんまんはすっかり冷め切り固くなってしまい、お世辞にもおいしいとは言えない物だったけれど、俺は、この味を忘れないと思う。
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