記憶喪失ごっこ


なんとなく息苦しくて目を覚ますと、ガゼルが俺の上ですんすん鼻をならしていた。それから数秒後にああそっかこいつ泣いてんのかって気付く。このガゼルの姿を、俺はよく知っていた。




夏の暑い日だった。週に一度。多くて二度くらいの頻度で、風介が俺の部屋に来た。またあの夢見たのか?その問いかけには答えない。ただ俺の上ですんすん鼻をならすだけ。

最近、風介は同じ夢を何度も見るという。その夢の内容はこうだ。
風介が記憶喪失になり、俺はその面倒を見ることになる。だけど俺は、俺達が付き合ってたって事実だけは隠した。友達、腐れ縁、笑ってそう言ったらしい。そんで、記憶を無くした風介と嘘を吐き通す俺のそのやりとりを、記憶が無くなる前の風介、つまりいつもの、今現在俺の腹の上で泣いてる風介が第三者としてそれを眺めているらしい。

あーそれ、なんとなくわかるわ。だって普通言えねーだろ。って思ったけど、黙ってた。風介には俺の言葉は届かない。こうなったこいつは、自分がすっきりするまで泣いて、自称独り言を言って、それで朝になれば何事もなかったかのように平然と振る舞うのだ。

夢の中の俺は、それはそれはとても優しいらしい。今の俺達のように喧嘩することもなく、怒鳴ることもなく、目が合えば優しく笑う。記憶を無くした風介を、とても大切にするようだ。

「わたしはキミが思っているよりキミのことがすきなのだから、そんなことされたってちっとも嬉しくない」

いつの間にか泣き止んでいたらしい風介が、突然そう言った。「わたし達の時間をそう簡単に手離せるくらいの、その程度の気持ちなのか。わたしはそんなの嫌だ。嬉しくない。」そう続けるとその後すぐにまた泣き出した。これはよくよく考えてみれば、結構な爆弾発言だ。こいつが俺のことをこんな風に言うのは、この日が初めてだった気がする。


それから少しして、風介は本当に記憶喪失になった。相変わらず俺たちは近くには居るけど、昔みたいに手を繋ぐことも同じ布団で眠ることも、名前を呼び合うことすらなくなった。代わりに、俺はそれをガゼルと呼んだ。そしてガゼルは俺をバーンと呼ぶ。俺は南雲晴矢ではなくなっていた。不思議と辛さや悲しさは感じなかった。俺も記憶喪失になったんだろうか。

そのガゼルが、今こうして俺の前で泣いている。俺の腹に顔を押し付けて、あの時と同じように、すんすん鼻をならしている。二人で記憶喪失になった場合はどうすりゃいいんだ?風介に聞いておけばよかったな。

俺がすきだっつって泣いてたろ。あれが夢だったのかな。もうわかんねーな




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テーマ「人外ファンタジー」
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