だってそれはさぁ


下を向いたら、シャツにぱたぱたと赤い染みが出来て、それを見て思わず舌打ちをした。

(油断した、なんて言い訳にもならないけどだって実際そういうことなんだろう。普段だったらこんな…いや、もういいや。)

赤く腫れているであろう左頬はじくじくと熱を持っていて、口の中は鉄の味がする。殴った奴の顔なんてもう覚えていないけれど、ただわかるのはあの男は兄貴のことが好きだったんだ(女の嫉妬は怖いけど、男の嫉妬は醜いだけだ、て誰か言ってたな)
こんな姿をもしあいつに見られでもしたら大事だ。そして何よりかっこ悪い。プライドに関わる。さっさとこの場から離れなければと重い腰を持ち上げれば視界の端に移る淡い薄氷色。その柔らかい髪を目で追った先、酷く驚いた顔をした兄貴が見えた。ああだから早く帰ってしまおうと思っていたのに。なんだこれじゃあまるで漫画の世界じゃないか。
髪が陽に透けてふわふわと揺れている。触ったら柔らかそうだなんて思いながらそれを眺めてたら、兄貴がこっちに向かって走って来る。なんか危なっかしいな今にも転んでしまいそうだ。

兄貴は息を切らしながらも「アツヤ、」と一度だけ呟いて、それからゆっくりと俺の頬に触れようとし、直前でそれを止めた。参ったな。そんなに痛そうなんだろうか、これは。

「アツヤ、どうしたの、それ」
「こけた」
「ほっぺ腫れてる」
「顔面からこけたんだ」
「めちゃくちゃ鼻血出てるよ」
「兄貴がかわいいから」
「は?」

(だってあながち間違いじゃないし。だから別に嘘じゃない)

ほらとりあえず上向いて!そう言って兄貴は俺の顔に自分のハンカチを押し付ける。それは鼻を押さえてくれようとしてるんだろうけど実際口まで一緒に押さえ込まれてるからちょっと苦しい。(士郎さん、呼吸を止められたらいくらなんでも死んでしまうよ。)

ねぇアツヤ、なんだい士郎さん。こんなやりとりも随分と久し振りな気がする。びっくりする程くぐもった変な声が出たけど、別に泣きそうになったとかそんなんじゃない。(でも近いものがある、ような気がする。よくわからないけど)

「あんまり、喧嘩とか、」
「だーから兄貴がかわいいからだって」
「…あんまり、僕で変なこと想像するのやめてね」

(えー、どうしようかな。)

あれ、そういえば今朝兄貴と喧嘩しなかったっけ?確か「もう知らないアツヤの馬鹿!」って言われた気がする。


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テーマ「人外ファンタジー」
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