触れていたかったもの


冬が苦手な佐久間は、何故かいつも薄着だった。自分が寒がりだということを自覚していないのだろうか。その冷たい指先で包まれている缶コーヒーは、先程俺が佐久間に買ってやった物だ。「俺ココアがよかった」と言う佐久間に、ごめんなと謝りながらも頬が緩むのは抑えられない。

「何笑ってんだ。源田のくせに」
「佐久間、鼻真っ赤になってる」
「それがなに」
「かわいい」

冬の公園のベンチは、とにかく寒い。当前ながら俺達の他には人なんかいないし、先程まで聞こえていた子ども達の声も、今ではすっかり聞こえなくなっていた。
隣で黙って缶コーヒーで指をあたためていた佐久間が、源田、と俺の名を呼んだ

「おまえってさ、変だよな」
「そうか」
「変だよ。五条と張るくらい」
「そ、んなにか」

その発言に内心少しだけ傷付きながらも、ずず、と鼻を啜る佐久間を見つめる。佐久間は相変わらず赤い鼻のまま、あと髪型も変だしフェイスペイントとかまじない、と続けた。はっきり言って傷付いた。

「佐久間」
「なに」
「すきだぞ」
「そういうとこ。そういうことさらっと急に言い出すとことかない。本当引く。まじない。理解出来ない」
「なんだろうな。今言わなきゃいけない気がしたんだ」


佐久間は寒がりだ。本人に自覚がなくても、それは事実だ。あと、実は可愛いものがすきだ。(ペンギンから始まり、動物、子ども、そういったものを見ている佐久間の目はいつもとても優しいのを知っている)佐久間は自分が思っているよりずっと表情が豊かだし、すぐに顔に出るタイプだ。口数はあまり多い方じゃないのは確かだが、その分わかり易いのだ。ただ自分をあまり大切にしない所がありよく無茶をする。自分自身というものに無頓着なのだ。でもどんな時だって、他人のことを思いやる気持ちをちゃんと持ってる優しい奴だ。そんな話を昔辺見にしたら、おまえは佐久間に夢を見過ぎているだの盲目だのなんだの散々言われた。その通りだ。恋は盲目と言うからな。間違いなく俺は佐久間に恋をしていた。

そして、佐久間は孤独を酷く恐がる。そんな佐久間が、俺に対し何を考え、何を隠そうとしているのか。俺は本当は解っていた。だけど佐久間は完璧だった。俺に手を差し伸べる隙さえ与えなかった。人一番寂しがり屋で、孤独を嫌う佐久間が、何よりも俺を優先した。自分を、押し殺してでも。

嬉しくないと言ったら嘘だ。佐久間が、そんなにも俺を想ってくれているということ。だけどそれを噛み締めることは出来なかった。そんな、佐久間を犠牲にしたものなんて、俺には必要なかった。だからと言って、自分が歩いてきたものを、歩いてゆく未来を、何もかも投げ捨てて佐久間の隣にいようと思う程子どもでもないし、どうにかする力がある程大人でもなかった。所詮俺達は沢山の大人の力に守られている、ただの子どもなのだ。


佐久間はいつの間にか缶コーヒーを飲み終え、ただ黙って足元を見つめていた。俺はベンチに置かれた佐久間の手を握った。あんなに一生懸命あたためていたのにも関わらず、相変わらず佐久間の手は冷たかった。佐久間に手袋を贈りたいと思った。いつも寒そうだし、この時期には丁度いい。(俺が何かを贈る度、佐久間は複雑そうな顔をした。決まって、何も返せないぞという佐久間に、俺が贈りたいからいいんだと、俺が返す。これもまた、決まったことだった。)

佐久間は相変わらず足元をじっと見つめている。あと何日、何度こうしてられるかもわからない。言葉は何もなかった。俺も、もちろん佐久間も黙っている。相変わらず佐久間の手は冷たい。俺より一回り小さい手は、初めてこうした頃よりもずっと痩せている気がした。この時、佐久間がどんな気持ちで俺の手を握り返したかも知っていた。終わりが近付いていることも、知っていた。
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