燻り月下辻


鋼の音が響いていた。きん、きん、と弾くような音。音は時折激しさを増し、止んだと思えばまた続く。
天は宵。人通りも明かりもない路地、四つ辻に二つ、影が舞っている。雲間から注ぐ月明かりを受け、鋼は闇に金を描く。一閃、二閃、また一閃、煌めく軌跡は闇夜に浮かんで幻想めく。しかし同時に響くのは、鋼に同調するような、勢いづいた掛け声と、鋼に調和するような、低い低いうめき声。いま、影と影は、刃を交えているのであった。
そして戦いは終極へ向かう。打ち合い、開いた間合い。双方共に自身の刃を構え、地をにじる。呼吸、心音、互いの息衝く音のみが空を揺らす中、月が雲に隠されたのを合図に、影は地を蹴った。互いに渾身の技を以てして放たれた撃剣は、闇路に轟音を轟かせた。

やがて、雲が流れていく。月の下、一方は地に崩れ落ち、もう一方は佇んでいた。黄檗の衣と武具を身に纏い、萌黄の布で口元を覆っている。肩を滑る金の髪に、鋭く吊り上がった好戦的な双眸をもった、女。辻の戦いを制したのはこの女――世にその名を轟かせている辻斬り――ジストであった。

「――っはーあぁ〜……今夜も! 手応え! まるでナシ」

ひゅんっとその右手で、黄金が円を描く。掌上で弄ばれ、すちゃりと腰に差されたのは彼女の金刃。ハッサムの鋏を模った、大振りの刃であった。次いでぐるぐると回される左手に嵌められているのは、黄金の籠手。こちらも同じ形を模していた。

気怠げに首を回せば、ぼきりと豪快な音がした。横分けにした前髪を掻き上げて、見下ろし、嘆息する。

「あたしは猛者かっての」

その失望の先には、ジストが下した男が倒れている。手応えもなく、ただ刹那の儚い高ぶりしか味わえないバトルだった。ジストの口からは、ただただ嘆きが漏れるのみ。
――これで千と八十二人。ジストが破ってきた、通行人の数である。

ただの腕試しが高じ、捩れ、辻斬りという形になってはいるものの、その根底に変わりはない。魂の滾りに身を任せ、心のゆくまま刃を振るう。ジストが求めたのは純粋な強さ、戦い、昂揚。狂おしいほどの衝動に、此処まできた。
それゆえに、虚しいのだ。先のジストの嘆きの通り、斬れども斬れども、手応えが感じられないことが。ジストが強いか、相手が弱いか。相手はただの通行人なのだから、それはほぼ間違いなく前者なのだが、それでもジストが満たされることはない。

焦げ付くような、何かが欲しい。

昂奮の冷めた胸に、ふと夜空を仰ぐ。欠けた月が、また雲に隠れようとしていた。

「――……センターには、自分で行きな。そんでまた来い、そんで今度は、あたしを焦がせ……!!!」

満たされぬ胸を埋めるように、倒れる男に言い放つ。一つのいらえもせぬ男に、その時を――燃え上がり、焦げて尽きるようないつかを夢見て、狂熱を、獰猛を宿す。
峰打ちだ、と吐き捨てる唇は、不敵に歪んでいた。



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110122
月の満ちるのはいつになるやら。

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テーマ「人外ファンタジー」
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