天をも焦がす


美しい、と。ただ単純に、それだけを思ったのかもしれなかった。
ただ純粋な闘志のみを胸に、この塔――鈴の塔を訪れたはずだったのに。

流れるような金の髪、長く鋭く伸びた耳、青空に映える紅の着物。その人物は、その塔の上で独り、風に吹かれていた。
その風景があまりにも予想離れしていたものだから、この青年――チコマは、しばらくその時を止めたのかもしれない。

「――……あれ」

透くようなテノール。しかし、りん、と鈴の鳴るような錯覚。閉じられた瞼に、目元を彩る隈取り。振り向いたその顔立ちは、中性的であった。しかし、どこか男性的である。その男は、チコマに気付いて不思議そうな顔をした。

「きみ……」
「ああ、その……おれ」
「もしかして、登ってきたの?」
「あ、うん」
「本当に? 本当に!」
「お、おうとも!」

繰り返される問いにチコマが頷けば、その三日月がにこーっと半月に変わる。びゅうびゅうと風の吹き荒ぶ中、髪の乱れるのも気にせずに嬉しそうにはしゃぐその男――便宜上そう呼ぶことにしよう――に、今度はチコマが不思議そうな顔をした。

「あのさ、あんたって、もしかして」
「ねえねえ、何しに来たの?」
「えっ?」

もしかして――と問おうとしたのを、至近距離、顔を綻ばせた男に遮られる。動き早くないか、とチコマが驚いて半歩身を引けば、半歩寄せられる距離。
今正に聞こうとしたのが、その答えなのだが……と思いながら、チコマはいつの間にやら失せてしまった闘争心を探した。

このチコマは、元来好戦的な男である。であるが故に、各地を巡っては名のある者に勝負を挑んで回っている。
そしてその最中、エンジュ近辺を通り掛かったチコマは、ある噂を耳にした。鈴の塔の噂である。その頂にいる、伝説の炎鳥の噂である。かつては七色の翼で世界の空を飛んだという鳥が、今は一つの塔に留まっているという。炎鳥はその名をホウオウと言った。
ホウオウの噂は、たったのそれだけでチコマの心に火を点けた。無論、闘魂にである。世界の空を知っているならば腕も立とうという、極単純な発想だ。加えて“伝説”の称号も手伝った。
とにかくただ者ではないだろう、と。それだけでこの戦闘馬鹿は、複雑に入り組んだ塔ですら躊躇わず突き進み、登り詰めた。

そして今に至る。
しかし実際来てみればどうだろう。頂上にいたのは、なんとも柔そうな男ではないか。これならばまだ自分の方が体のつくりもしっかりしているし、タイプ相性が悪かろうともおよそ負けるとは考えつかない。

あんたって、もしかして、ホウオウ?
だからチコマは、先刻遮られて飲み込んだその問いを、自ら疑わずにはいられなかった。


「そう、そう。そうなの……!」

チコマは疑念を除いて来た理由のみを告げた。するとそれを聞いた男は俯き、その紅の着物の、翼のように広がった袖で顔を覆ってしまった。その紅の下に覗く若緑色の袖がまたかの伝説を連想させるのだが、今はそれよりも男のこの挙動に気をとられた。何故顔を隠してしまったのかと、何か気に障ることを言ってしまったかと、チコマも流石に居心地がよくなかったのだ。

だがしかし、顔を上げた彼の表情は、なんともまあ、輝かしいものだった。

「わたしに、会いに……! 照れちゃう……!」

は、と声を上げる間もなかった。ごうっと緋色が巻き上がる。それは真夏の炎天をも凌駕する熱を放って、空の青をも覆い隠すように、この場いっぱいに広がった。
ちりりと肌を刺す焔の手から、チコマは後ろへ跳び逃れる。いっぱいに見開いたその瞳に映るのは、焔の海の中心に立つ、男。――体が震える。驚愕とともに沸き上がるのは、歓喜。

ああやっぱり、と。高鳴る鼓動も、今にも地を蹴り出しそうな足も抑えて、それでも驚喜の笑みだけは抑え切れずに、チコマは問うた。

「――あんたって、もしかして、ホウオウ?」
「そう、わたし、ホウオウ!」

男が嬉々としてそう答えるのに呼応するように、焔が踊る。一層激しく躍る。

「そっか、おれは、メガニウムだ」
「メガニウム……メガニウム! 草だって、手加減はできないよ!」

もうこうするのも、何百年振りなんだ!
天高く響く喜びの咆哮。瞬間、兆した青。青天が戻ったかと思えば、それは灼熱であった。チコマの視界を青く染め上げたそれは、ホウオウの、青い炎であった。
触れるだけでも、この身を灰燼としてしまいそうだった。その聖なる焔は、彼の言葉を如実に体現していた。
じとりと肌に滲む汗。体の芯を焦がすような警鐘。しかしその心は、魂は、鎮まることを知らなかった。

「いいね、いいね……――さあ、バトルだ!!」

聖焔が舞った。



*
101229
チコマとオビの出会い。バトル馬鹿vs放火魔。オビが飛び立つのはもう少し先のお話。

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