やまぶきと炎の石


宝の持ち腐れなんだよね。うん、言ってみたかっただけ。
そう言って彼に手渡されたのは炎の石だった。なるほど、エンペルトである彼には不要なわけである。
炎の石。特定のポケモンを進化させる、珍奇な石だ。
しかし炎の石は、ロコン──やまぶきの手に渡ってもなお、その役目を果たせずにいた。


「見て見て、アトラスにもらった〜!」

じゃーん! と突き出されたやまぶきの手には、真っ赤な石。にこにこと溢れ出る笑みに、その山吹色の六本尾が揺れている。
その隣、有頂天のやまぶきを寝ぼけ眼に映すのは、対照的に沈鬱な面持ちのキリ。ルンルンと鼻歌でも歌い出しそうなほどに機嫌のいい少年に、つい眉をひそめる。そして思う。

「こごえてしまえ」
「ひゃあ〜凍てつく嫉妬!」

口に出たが撤回はしない。しかしそんな氷の刺もものともせず、やまぶきはとうとう鼻歌を歌い出した。鼻水が凍っている。
自然、襟の影にため息が満ちる。冷たい。この小狐野郎はそんな自慢をしにわざわざこの雪国まで来たのかと思うと、キリは気が滅入った。

しんしんと雪が舞っている。
おもむろに、その白に吸われるように鼻歌が止まり、ぱたぱたと左右していた尾も静かになった。
何事かとキリが見やると、やまぶきは自身の尾をさながらクッションのようにして雪上に体を横たえていた。

「はー……ほんとに凍えそー」

吐く息が白い。暖かな、炎の息吹。彼の朱い顔に降った雪が、彼に触れる度じわりと姿を消していく。
やまぶきは何も言わず、そのままの状態で石を眺めている。そのままの状態、だが心持ち思案しているような、そんな表情。
そんな顔をしたって、聞いてやれる義理はない。

自身に被った白雪をそのままに、キリはすぐ背後、大樹の幹に体を預けて緩く目を閉じた。

「キリ」

間もなくやまぶきの声がかかる。これから寝に入ろうというキリに、やまぶきはお構いなしにあのねえーと話し始めた。

「進化ってどんな感じなのかなーって思ってさ」

ああどうせそんなことだろうと思っていた。キリは特に反応も示さず、無言を貫く。すっかりやまぶきの話を聞く態勢になっていることには、キリ自身気付いていない。

己がロコンである以上、道を前にしたのならば踏み出すべきなのだろうとやまぶきは語る。それがロコンであり、この獣達の通るべき、種のさだめなのだと。
しかしやまぶきは怖じ気づいた。
生来陽気に何も考えず生きてきたやまぶきには、進化というものがわからなかった。石を手にしたその瞬間、いざその未知について考え出したら最後、それが空恐ろしいものに思えて仕方がなかった。
アトラスに石を貰ったとき、初めは喜悦に沸いた。だが次に不安がやまぶきの胸を埋めた。
そういう浮沈の淵の中に見たのがキリだった。
そうして、やまぶきはキリのもとへやってきたのだった。

「……アトラスにすれば、よかったんじゃないの……相談」

そこまで聞いて、キリは苦々しく、重い口を開いた。小さな、冷たいくせに捻くれた温もりの感がある声音。しかし白藤色の双眸は閉じたまま、やまぶきに向けようとしない。

「……、なんでアトラス?」
「……だから、わざわざこんなとこまでこないでも……、アトラスがいたでしょ」

居心地が悪くて、キリは膝を抱えて身じろいだ。つまり“これ”は──と子供らしからぬ冷静さで自身を捉えてまた嘆息、しかけて止まった。

「うー……キリじゃないとだめだったんだよ」

不意を、首の後ろをちょいと突かれたような、唐突な感覚に襲われた。自分の中に形を成していたものが崩される。とける。氷壁が、とける。
すいとその白藤色にかの山吹色を映すと、当の小狐は先程と変わらず天を仰いでいた。
開いた双眸にキリ自身が気付いたのは、むくりと起き上がったやまぶきと視線がぶつかったときだった。
やまぶきが立ち上がる。雪に足を取られながら、歩み寄ってくる。ねえキリ、とやまぶきはそう呼び掛けて、樹氷の友の正面に座り込んだ。その手には石。

「でもなんか話したらスッキリしちゃった」
「……は?」

ゆらりと。やまぶきの手の中で、赤が揺れるのが見えた。──石が反応している。
どういうわけかとやまぶきの顔へ視線を移すと、彼の言った通りすっきりとした、清々しい笑みが浮かべられていた。

「誰にも相談できなかったんだよね。進化が怖いなんて、なーんか情けない気がしてさ」

尾を揺らしながら笑って言うその顔に、影はない。
でももう大丈夫になったから、とやまぶきは言って。

「キリ、ありがと! お礼にロコンがキュウコンに進化するところ、見せてあげるよ!」

にかっといつも通りの笑顔を見せた。
勝手に怖がって、勝手に吐き出して、勝手に自己解決して。何もしていないのに、その“お礼”と言う。
キリには意味が分からなかったが、まあいいと思ったのも同時だった。それから、やっぱりバカ、と少し笑った。

「え? なんか言った?」
「……べつに。……こわいものじゃないって言っただけ」

ばーか、と改めて付け足して笑えば、面食らった顔のやまぶきはまた「ありがとう」とはにかんだように笑った。

炎が揺れる。揺れる赤が白藤をちろちろと染める。
赤は掌で燃えて、燃えて、激しく燃えて、朱の頬を、山吹の髪を優しく撫でる。
燃え盛る炎はいつしかやまぶきの体を包み込んだ。赤い。紅い。力強く、優しい、命の色──……。


……──炎がおさまって。キリはふさふさの九本尾に埋もれながら、白銀の獣に笑いかけた。

「しろがねに改名する?」
「しないから!」




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100402
頼れるユキノオーと思われているキリ・うざ狐と思われているやまぶき
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